奥羽越列藩同盟

(社会)
おううえつれっぱんどうめい

戊辰戦争中に、東北および越後の諸藩が官軍(新政府軍)に対抗して組んだ同盟。
朝敵とされた、新政府への恭順を示している会津・庄内両藩の赦免・存続嘆願の目的で結成されたため、両藩は盟約に加わっていないが、最盛期には上記の2藩を除く陸奥・出羽全藩と北越 6藩の全31藩が盟約に、名を連ねた。

奥羽越列藩同盟の構成諸藩

参加藩 藩主 石高
仙台藩 伊達慶邦 62万5000石
米沢藩 上杉斉憲 15万石
盛岡藩 南部利剛 20万石
秋田藩 佐竹義堯 20万5000石
弘前藩 津軽承昭 10万石
二本松藩 丹羽長国 10万石
守山藩 松平頼升 2万石
新庄藩 戸沢正実 6万8000石
八戸藩 南部信順 2万石
棚倉藩 阿部正静 6万石
中村藩 相馬誠胤 6万石
三春藩 秋田映季 5万石
山形藩 水野忠弘 5万石
磐城平藩 安藤信勇 3万石
松前藩 松前徳広 3万石
福島藩 板倉勝尚 3万石
本荘藩 六郷政鑑 2万石
泉藩 本多忠紀 2万石
亀田藩 岩城隆邦 2万石
湯長谷藩 内藤政養 1万5000石
下手渡藩 立花種恭 1万石
矢島藩 生駒親敬 8000石
一関藩 田村邦栄 3万石
上山藩 松平信庸 3万石
天童藩 織田信敏 1万8000石

※慶応4年(1868年)6月初旬に加盟した北越6藩

参加藩 藩主 石高
新発田藩 溝口直正 10万石
長岡藩 牧野忠訓 7万4000石
村上藩 内藤信民 5万石
村松藩 堀直賀 3万石
三根山藩 牧野忠泰 1万1000石
黒川藩 柳沢光邦 1万

※上記31藩と行動を共にした結成原因となった2藩

藩主 石高
会津藩 松平容保 23万石
庄内藩 酒井忠篤 16万7千石



秋田藩の離反や火力に優る新政府軍に押され、諸藩は続々と降伏。9月下旬(新暦11月上旬)に同盟は瓦解した。

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