長崎で原爆に遭い、被爆者として被害を研究してきた永井隆博士の名前を知ったのは、恥ずかしながらテレビの人物伝ドキュメント番組でした。高齢の方ですと、映画「長崎の鐘」のモデルになった人としてご存知ではないでしょうか。 永井博士は、原爆による被害の恐ろしさを情緒的に訴えるのではなく、科学者として分析し、時には原爆症に陥った自らの肉体を実験台として、研究を続けてきました。その拠点が博士の住居で、「如来堂」と呼ばれていたのです。 20数年前、長崎を訪れた際、平和祈念公園や浦上天主堂などとともに如来堂を見学しました。観光客が素通りしてしまうような住宅地の一角にあるとても小さな木造平屋の建物で、思わず「ここ…