前回のブログで天照大神が政治的に誕生したことについて見てきましたが、それではなぜ皇祖神を太陽神としたのかについて考えていこうと思います。 大王家(ヤマト王権)が自らの祖神を太陽神としたのはいつからだったのでしょうか。 『アマテラスの誕生』(筑紫申真 著)で今谷文雄氏の論文から、敏達天皇六年(577年)に日祀部(ひまつりべ)を置いたとあることから(『日本書紀』)、その頃には太陽そのものを礼拝していた、しかし必ずしも「皇祖神としての 天照大神」を祀ったことを意味しないという説を取り上げています。この日祀部は他田(おさだ)という三輪山の大神神社(おおみわじんじゃ)の近くですので、三輪山の神が日神の要…