本。ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーの主著Sein und Zeitの邦題。存在一般の意味を問う。全集版などでは『有と時』と訳される。 形而上学に於ける「存在の問い(Seinsfrage)」の復興や実存哲学の隆盛・発展に多大な影響を与えた。 ISBN:4121600517、ISBN:4121600533、ISBN:412160055X
……「顔」つまり他者が自分の自由を制限する。それが「倫理」。ではMASAYUKIにとって「顔」は具体的にはどういう瞬間に立ち上がるのか。相手の弱さ?怒り?沈黙?こちらが雑に扱いそうになる瞬間? この問いの回答から始めよう…… ◇ 顔面ではない「顔」 MA)なんとなくそれは、スクリーン内の映像かも知れない「他者」が、自分では制御できない外部圧力として関わってくる、ということであって、結局はスクリーン内での話だよな、という第一印象なんだけど、とにかく話を進めないとね。 で、「顔」なんだけど、それはもう、人がいればあらゆる場面で立ち上がるとしか言えないなあ。 先生)その第一印象、めちゃ自然だよ。 「…
……「本来性」=“死(有限性)を自分のものとして引き受けたうえで、選び、投企する生”。では、なぜ人は生き切れない方向「非本来性」へ自然に滑るのか。…… ◇ 哲学は誰のために MA)つまり、ボクらのスタンスが本来性ってことだね。でも大多数の人間は非本来性で生きているよね。哲学は大多数の対象より、ボクら選ばれた者(世の中的には「はぐれ者」)を対象にしていいんだっけ? 先生)うん、そう言いたくなるところだね。 ただし、ハイデガー的に最初に釘を刺すと——「本来性=選ばれた少数の上等な生き方」ではない。ここを外すと、哲学がすぐ“選民サークル”になって崩れる(笑) 1) 大多数は非本来性で生きてる? → …
……ハイデガーの「世界内存在」を聞いたMASAYUKIは、「当たり前じゃない?」と言い放った。対してハイデガーは「では、その当たり前が日常でどう崩れ、どう誤魔化されるかを見ろ。」と返した…… ◇ 世人(das Man) MA)やっぱり「当たり前」は崩れて、誤魔化されているものなんだよね。そこがスタートだったんだよ。だからボクはスクリーンの内外を考えた。だけどハイデガーは?という場面だね。 先生)うん、まさにそこが合流点。あなたのスタート(当たり前が崩れる/誤魔化される)に、ハイデガーは別ルートで同じ場所に来てる。 違いはこう: MASAYUKI:崩れた違和感から、スクリーン内外を疑った ハイデ…
……フッサールと別れたMASAYUKIが次に向かったのは、「礼儀はいい。で、“存在”って何だ?」って、もう玄関で殴ってくるタイプの人のようだ。では、歯を食いしばって、玄関を開けよう…… ◇ マルティン・ハイデガー(Martin Heidegger) 生没年:1889–1976 生国:ドイツ帝国(バーデン地方・メスキルヒ) 主に活躍した国:ドイツ 拠点(ざっくり):フライブルク大学/マールブルク大学(教授職など) 肩書(世界史的には):現象学の継承者にして改造者。テーマは一言でいえば 「存在(Sein)」。ただし「存在とは何か」を、机上の概念じゃなく “生きている私”のあり方から問う。 主な著書…
本稿は、マルティン・ハイデガーの思想を起点とし、その後継者や批判者との対話を通じて、20世紀以降の哲学が展開した主要なテーマを総合的に分析するものである。ハイデガーが『存在と時間』で提起した「存在の問い」は、単なる形而上学的な思弁にとどまらず、意味の生成、自己のあり方、他者との関係、言語の機能、そして現代技術の本質に至るまで、多岐にわたる領域に影響を及ぼす多層的な構造を持つことが明らかにされる。 主要な洞察は以下の通りである。 存在論から意味論への転回: ハイデガーの存在論は、マルクス・ガブリエルの「新実在論」において意味論的に純化される。ハイデガーが「世界は存在者ではない」と述べたことは、ガ…
異気集合論というのは、単に霊魂の成り立ちではなくて、すべての存在にあてはまる理論のように思えてきます。目にすることができる存在物にはすべて霊魂が宿るというのが算命学の考え方ですが、存在の構成元素として霊魂をとらえると、異気集合論はすべての存在に充当できます。 自動車とは何かを語ろうと思うと、いくらでも答えが出て来て、単体としての自動車を語ることはできません。すべての存在とは、そのものの実態を持たない複合的なものと解釈できそうです。 人間を車に喩えると、本能がガソリンというのはわかるような気がします。ボディーが肉体もその通りでしょう。心がエンジン及びアクセルとすると、実際に車を動かしているのは、…
西洋では長い間、過去現在未来という時間の流れがあって、そこに人間は存在していると考えられていました。でも、時間については様々な考え方が生まれて来て、この高村光太郎さんの「僕の前に道はない」という詩の一説は、時間はあらかじめあるものではなく、自分の歩みが生み出していることを語っているように思います。 ハイデッガーは、根源的な時間とはそれ自体で存在するものではなく、現在から過去や未来を開示して時間というものを生み出す(みずからを生起させる)働きのようなものだと主張する。また現在もそれ自体で生起するのではなく、「死へ臨む存在」としてのわれわれが行動する(あるいはしない)ときに立ち現れるものである。し…
混沌とした調和の中にある裏干支の世界。この図(船)が人の数だけあり、歴史の流れを作っていると仮説します。干支論的に解釈すると、人間の世界は、陰陽和合して漂っている裏干支の海(無の世界)が捻じれて、突然浮上した和合性のないプラスエネルギーだけを持った表干支(船)によって成り立っている、となります。 元々の霊魂は陰陽和合した動きのない、または、あまりにもゆったりしていて、動いているようには思えない世界です。霊魂は一つの神(自然の摂理)です。比喩的に想像すれば、それが、なんらかの意図と理由で動いてみたい願望が生じ、そのためには動ける何かが必要となり、霊魂たちの姿に見合った入れ物が用意された、それが人…
時間とは、私たちの生活の中で常に流れているものであり、過去、現在、未来を分かつものとして存在しています。しかし、時間の概念やその捉え方は、人類の歴史を通じて変化し続けてきました。本記事では、時間の概念の進化を辿り、古代から現代に至るまでの時間に関する考え方や技術の発展、そして未来に向けた時間の新たな視点を探っていきます。 1. 古代文明における時間の捉え方 古代文明において、時間は神話的、宗教的な概念と密接に結びついていました。多くの古代文化は、時間を循環的なものと捉えており、生命や季節のサイクルを象徴するものでした。 1.1 エジプト文明と時間 古代エジプトでは、時間は神々の統治の下にあるも…
2018年11月号掲載 毎日新聞夕刊報道グループ記者(当時)/藤原章生 記憶の中でも特によく覚えている光景がある。何度も思い出すたびに残像はより強くなり、元の型は多少変わるだろうが、忘れがたい記憶となっていく。 そんな中の一つにこんなものがある。 中米のグアテマラシティーの路上を歩いている自分の後ろ姿だ。幅3mほどの石畳の道の両脇で赤っぽい民族衣装を着た先住民の女性たちが花や陶器、腕輪などの工芸品を売っている。道はひどく混んでいて、その中を、青い薄手のジャンパーを着た自分がやや肩をいからせて歩いている。 ただ、それだけのなんの変哲もない記憶だ。25歳の夏のことで、安宿で寝入り端、その日の自分の…