貝原益軒を書こう 六十八 中村克博 久兵衛は下宿屋を出て四条の橋を渡っていた。下宿屋の娘が一緒だった。朝の日差しに鴨川のせせらぎが光って、岸辺に白い鳥が長い首をおり曲げてまどろんでいた。風がひんやりすがすがしい。 娘が下駄の音をはずませ欄干に手をかけた。 「あら、今年は納涼床が多くなりましたね」と言った。 「そうですか、夜はにぎわうのでしょうね」 二人は八坂神社を通って知恩院の境内を歩いていた。 久兵衛が本堂を見上げて、 「寛永十年でしたか、知恩院は本堂をはじめ多くの建物が全焼したが、家光公のさしずで再建が進められ、八年ほどかかって完成していますね」 「ほんとに徳川様は京を大切にされ、ありがた…