芸術家
1965年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科壁画専攻修了。
小沢剛ガイドブック『小沢剛世界(ワールド)の歩き方2000年版』にユーモアに溢れたその作品群の全貌が描かれている。
昭和40年会所属 【昭和40年会HP】 http://www.kt.rim.or.jp/~arima/40nen/
2016年6月4日。 インターネットの情報で、小沢剛の個展があるのを知り、能楽を見に行った場所の帰りから寄れる時間だったので、地図を見て、歩いて向かった。 確か以前は、違う個展で来たのか、それとも別の名前になったのかもわからないのだけど、重いドアをあけて中に入ったら、壁に絵が並んでいる。それは、南相馬市の子ども達が、自分の好きな人の絵を描いて、その目の部分に線があって、それを連続すると目のところに一筋の光があるように見える、といった感じになるらしいが、その絵は、子供たちが描いた絵を小沢が模写して描いた、ということで、それが壁に30枚ほどが並んでいる。 それを見て、そうして作られていた過程に意味…
「ゲームオーバー展」。〜2000.4.9。ワタリウム美術館。 2000年3月。 アートの枠組みを解体。 そんな言葉が、チラシにあった。 解体とか、そういうキーワードは観客にとっては、疑問だった。 小沢剛の芸術相談カフェは、よかった。文化祭みたいだけど、興味深かった。来店したお客の意見によって、店のスタイルなどを変えていく。行った時は、花見の席のような場所とメニューがアミダくじで決まるといったシステムだった。妻は、アミダだと店員さんが笑顔で言っているのに、その答えの所を指差して「ペリエ」などと笑顔で言って困らせていた。それでも、この展示をすごく喜んでいた。ただ、その翌年、漫画家 相原コージが「何…
「小沢剛:同時に答えろYesとNo!」。2004.8.24~12.5。森美術館。 2004年12月4日。 六本木ヒルズの美術館で、小沢剛が展覧会をやるなんて意外だった。だけど、そういえば、日本っぽいかもしれないし、そのあたりの方が逆に分かりやすいのかもしれない、などと屈折したことを考えたりもしていて、何しろ、行きたい、と夏頃から思っていた。夏から始まって12月の末までやるから、いつ行ってもいい、などとも思っていた。 それが、突然、家族の病気によって、10月くらいから外出など全く出来ないような状況になり、ホントに気がつけば12月。ということになっていた。だけど、それでも、12月に家族の検査を控え…
「明るい絶望」中村政人 個展。トークショー 「ギンブラート、新宿少年アート…トビラの内側の“展示”という概念を打ち破り外に出た少年たち」。 会田誠×宇治野宗輝×小沢剛。アーツ千代田3331。 2015年11月15日。 メンバーだけで、ちょっとワクワクした。アートに興味を持たせてくれたのが会田誠の作品だったし、その恩は勝手に感じているし、小沢剛の「ジゾーイング」を見た時の楽しさと緊張感みたいなものも覚えているし、そして、その人達がアート界で生き残って、ある意味では大御所みたいになっていて、いろいろな思いもあるけど、自分がアートに勝手に興味を持ってから16年くらいなので、それなりに長くなったりもし…