2024年2月 中山可穂『猫背の王子』集英社文庫 2000.11.2 右目は完全に乾いていた。左目の涙はとめどがなかった。いつかこれを芝居で使おう、とわたしは思った。善と悪とに引き裂かれるひとつの肉体。二重人格者の悲しみの表現。半身ずつを完璧に使い分けて神と悪魔とを同時に宿らせることが出来たら、どんなに素晴らしいことだろう。 それでもわたしが舞台で演じる歪んだ少年像は、ついにこの世に生まれ出ることのなかった双子のきょうだいの片われなのだ。かれは男でも女でもない。大人でも子供でもない。性別も年齢も国籍も持たぬ生き物が舞台で息を吹き返し、この邪悪な世界を滅ぼしにかかる。そこで初めてわたしはわたし自…