奈良県桜井市はヤマト王権が成立した地域である。最初、王宮は現在の金屋の「磯城(しき)」と呼ばれた地域にあり、次に邪馬台国があったと考えられる「纏向(まきむく)」に移り、その後、「磐余(いわれ)」と呼ばれる地域に移った。 聖徳太子が生まれる100年以上も前、第17代・履中(りちゅう)天皇の時代に築かれたのが磐余稚桜宮(いわれわかざくらのみや)」である。 履中天皇が造らせた磐余池(いわれいけ)の辺りにあったと考えられる。磐余稚桜宮の名前は、「履中天皇の稚桜による説話」に関連している。 磐余池の候補地・池尻・ 池之内遺跡 ある日、天皇が池に船を浮かべていた。杯を持ち上げたとき、そこに季節外れの桜の花…