山本浩二

山本浩二

(スポーツ)
やまもとこうじ

プロ野球選手・指導者・解説者。
旧名「山本浩司」。通称「ミスター赤ヘル」。「ピーコ」*1
右投右打、ポジションは外野手。背番号は27→8番(永久欠番)。
日本テレビの野球解説者やモルツ球団の選手としても活躍。

現役時代の主な記録
 通算打率:.290(2339安打/8052打数) 通算本塁打:536本 通算打点:1475打点
 MVP:2回(S50,S55)、首位打者1回、本塁打王4回、打点王3回。

略歴

  • 1946年10月25日生まれ。広島県出身。廿日市高校から法政大学に進学。田淵幸一・富田勝と「法政三羽烏」とし名を馳せた。
  • 1969年、ドラフト1位で広島東洋カープに入団。
  • 1975年、カープ球団創設26年目初優勝。初タイトル:首位打者(.319)を獲得。*2
  • 1977年、30歳となり円熟期に入ったこの年、突然44本塁打を放ち、以後5年連続し40本塁打超。
    走攻守三拍子のそろった1970年代の日本プロ野球界を代表する選手として活躍。
    衣笠祥雄と共に昭和50年代カープ黄金時代を築く。
  • 1986年、現役引退。同年、背番号8番がカープの永久欠番となる。
  • 1989年、広島東洋カープの監督に就任、従来のカープの野球を踏襲。
  • 1991年、リーグ優勝を果たす。
  • 1993年、最下位となり辞任。退団後は日本テレビの野球解説者を務める。
  • 2000年、再び広島東洋カープの監督に復帰。永久欠番の背番号8番を着用して話題となった。
  • 2005年、成績不振のために辞任。1993年と同様に、最下位の責任を取る形となった。
  • 2007年、北京五輪野球日本代表のコーチに就任。同年、モルツ球団の第2代監督に就任。
  • 2008年、野球殿堂入り。
  • 2012年オフ、ワールド・ベースボール・クラシック日本代表の3代目監督に就任。


山本浩二―奮闘の野球人生 ミスター赤ヘルと呼ばれた男 (名球会comics)

山本浩二―奮闘の野球人生 ミスター赤ヘルと呼ばれた男 (名球会comics)

*1:ベンチで黄色いサングラスをしていたことがあったため、この仇名がつけられた。

*2:この年のオールスターゲーム第1戦で衣笠とともに2打席連続のアベック本塁打を放ち、これがリーグ後半の赤ヘル旋風を巻き起こすきっかけとなった。

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