実に多くの東京市民が、彼と、彼の邸宅に、羨望のまなざしを送ったものだ。 材木商、丸山傳右衛門のことである。 ときに「金閣寺擬(まが)い」と揶揄されもしたその屋敷の結構は、山本笑月の『明治世相百話』に於いて特に詳しい。 建坪はさまで広くないが総て唐木造り、一階大広間の九尺床は目の覚めるような紅花櫚の一枚板、左右一丈二尺余の大柱は世にも珍しい鉄刀木の尺角、上から下まで精密な山水の総彫、多分は堀田瑞松あたりの仕事であろう。この柱一本で立派な邸宅が建つという代物。左右のわき床は紫檀黒檀の棚板、三方の大障子は花櫚の亀甲組白絹張りで、開閉にも重いくらいの頑丈造り、一間幅の回り縁は欅の厚板、天井は三尺角樟の…