岡鬼太郎

岡鬼太郎

(読書)
おかおにたろう

1872-1943、明治から昭和初期にかけての作家・劇評家。

本名は嘉太郎。明治5年(1872)8月1日、父岡喜智、母モトの長男として東京芝で生まれた。慶應義塾を卒業、21歳から「時事新報」を最初にいくつかの新聞社の記者として、劇評を書いた。死ぬまで執筆した歌舞伎評は独特の文体と、きびしい批判を持ち、広く愛読されたが、その劇評集は『歌舞伎眼鏡』『歌舞伎と文楽』の2冊しか残っていない。俳優では二代目市川左團次と親しく、招かれて明治座の主事となり、その後松竹に入社して、興行界の人となった。左團次のために数編の脚本を書いたが、『今様薩摩歌』はその中の傑作で、古典的な様式を用いて鮮烈な人間の心理を描破している。最後の作品は前進座が上演した『梵鐘』であった。戦時下に発足した日本演劇社(雑誌社)初代社長に就任間もなく、昭和18年(1943)10月29日没。72歳。鬼太郎の初期の花柳小説は永井荷風が激賞したが、風俗時評・社会時評もすばらしい。なお長男は画家岡鹿之助である。


【文:戸板康二/『国史大辞典』より】

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