1917年(大正6年)2月19日〜1953年(昭和28年)3月10日) 日本の詩人。本名は三吉(みつよし)。大阪生まれの広島育ち。 1945年(昭和20年)8月6日の広島県広島市への原子爆弾の時には投下爆心地より3キロメートルの所で被爆。第二次大戦後は地域文化運動への活動の傍ら詩人としても活動。原爆詩人として「原爆詩集」を自費出版した。また、生前は日本共産党党員であった。
石破さん、退任前にパレスチナを承認して下さい ――あなた以外にはできないことですので―― 国連本部 ブログ激励のために、上のバナーをクリックして下さい 同時通訳シリーズは続きますが、今回は緊急のトピックをお届けします。石破総理大臣は明日から国連総会に出席するそうなのですが、まだ間に合います。 それはパレスチナを国家として認めるということです。岩谷外相は国連の総会に合わせての国家承認はしないと言明しましたが、世界平和のためにまた日本が世界という舞台で存在感を示すために、国連という場で新機軸を打ち出すことには何の問題もありません。これは、あなた以外の人が総理大臣になっても手を付けようとはしないこと…
峠三吉の『原爆詩集』より「死」を読みました。底本『新編原爆詩集』(青木書店)青空文庫で読めます↛図書カード:原爆詩集 峠三吉は、1917年大阪で生まれ、広島で育たました。戦前は詩や俳句、短歌に親しみ、新聞や雑誌に投稿。 1945年28歳の時に爆心地より3kmの自宅で被爆しました。その直後に親戚や友人の安否確認のため歩き回った経験が『原爆詩集』の原型になりました。 学校卒業した頃から肺結核を患っていた、1953年に肺葉摘出手術を受けるも失敗。享年36歳でした。
峠三吉の「八月六日」を読みました。 青空文庫に公開されている一篇です。→青空文庫 図書カードNo4963 底本は『原爆詩集』(1952年青木書店・刊) 峠三吉は1917年(大正6年)生まれ。1945年(昭和20年)8月6日に爆心地から3kmの広島市翠町で被爆しました。 最初の原爆詩集はガリ版刷りで500制作された自家版でした。当時の社会情勢によって出版社が発売禁止を恐れて出版拒否したためだそうです。