『検定不合格日本史』(家永三郎著・三一書房)は、一般に言われる「島原の乱」という語句を使わない。「信徒を主力として九州の島原・天草に起こった百姓一揆」と記す。そして、こう補足説明している。 「1637年(寛永14年)、島原半島の農民が、領主松倉氏の圧政に耐えかねて一揆を起こし、天草四郎時貞という少年を首領にいただき、キリシタンの旗を掲げ、島原の原城にたてこもった。幕府軍の攻撃はなかなか効を奏せず、ついに老中松平信綱を派遣してようやく城をおとしいれた。」(p129) また、『詳説日本史研究』(五味・高埜・鳥海編、山川出版社)は、「1637(寛永14)年から翌年にかけて島原の乱がおこった。」と書き…