第10代の天皇。
御間城入彦五十瓊殖天皇、御真木入日子印恵命、美麻貴天皇、御肇國天皇とも。
稚日本根子彦大日日天皇(開化天皇)の第二子。母は伊香色謎命、物部氏遠祖大綜麻杵の女である。 子女は、活目入彦五十狹茅天皇(垂仁天皇)、彦五十狹茅命、國方姫命、千千衝倭姫命、倭彦命、五十日鶴彦命、豐城入彦命、豐鍬入姫命、八坂入彦命、渟中城入姫命、十市瓊入姫命など。
——帝紀の前半と見られる部分である。—— 🌼后妃と皇子女 イマキイリ彦イニヱの命( #崇神天皇 )、大和の師木《しき》の水垣の宮においでになつて天下をお治めなさいました。 この天皇は、木の國の造のアラカハトベの女のトホツアユメマクハシ姫と結婚してお生みになつた御子はトヨキイリ彦の命とトヨスキイリ姫の命お二方です。 また尾張の連の祖先のオホアマ姫と結婚してお生みになつた御子は、オホイリキの命・ヤサカノイリ彦の命・ヌナキノイリ姫の命・トホチノイリ姫の命のお四方です。 また大彦《おおびこ》の命の女のミマツ姫の命と結婚してお生みになつた御子はイクメイリ彦イサチの命・イザノマワカの命・クニカタ姫の命・チ…
桜井に住んでいると、ときどき不思議な気持ちになることがある。自分が歩いている道が、ただの生活道路ではなく、国の始まりに触れていると思う瞬間がある。 三輪山がある。大神神社がある。檜原神社がある。磯城瑞籬宮の跡がある。山の辺の道が続き、その先には崇神天皇陵である行燈山古墳がある。 地名も、社も、祭りも、歌も、すべてが一本の見えない線でつながっている。その線の中心にいるのが、第十代天皇とされる崇神天皇である。 歴史の教科書では、崇神天皇はたいてい簡単に済まされる。だが、桜井ではそうはいかない。ただ昔いた天皇ではない。この土地に都を置き、この土地の神に祈り、この土地から国を治めようとした王である。遠…
本記事はアフィリエイト広告を利用しています 記事内に商品プロモーションを含む場合があります おはようございますー 「週末ジンジャー」うめじろうです! 今回の「週末ジンジャー」は、上野国総鎮守 【総社神社】です 毎度のことながら季節が少々ズレておりますが・・ 4月の頭のことでございます^^; 「総社宮」とはかつて律令制の下で中央から派遣された国司がいた土地土地で 国内の神様にひとつひとつ参拝に回るのは大変~!ということでご祭神を一か所にまとめて祀った神社のことでしたよね^^; こちらが群馬の「総社宮」ということになりましょうか(^^) これがまた実に・・上野國の549社の神々を祀る神社ということ…
前回の続きです。 今回も名阪をひた走り、道の駅「なら歴史芸術文化村」で軽く昼食を取ったのち、まずは天理市新泉町にある、大和(おおやまと)神社へ。 この神社は、近代では戦艦「大和」の守護神とされたことでも有名ですが、崇神天皇6年の創建と言われる、日本最古の神社の一つとされています。ご祭神は、日本大國魂大神(やまとおおくにたまのかみ)と八千戈大神。共に、大己貴神(おおなむちのかみ)の異名同神であると天理市観光協会の案内には書かれています。 ・・・が、少しここでは『ホツマツタヱ』に基づいてまとめてみます。日本大國魂大神というのは大己貴神の息子「クシヒコ」のことを言います。クシヒコの心境に感心したアマ…
味酒(うまさけ) 三輪の殿(との)の朝門(あさと)にも 押し開かね三輪の殿門(とのと)を 現代訳 美酒で名高い三輪の神の社よ。夜明けの門を押し開いて、帰るがよい。三輪の社の門を。 歌の意味 この歌は『日本書紀』崇神天皇紀に載る三輪の神酒(みき)の宴での一連の歌のうち、天皇自らが応唱した一首。場面の流れは次のとおり。 杜氏(酒造り)の始祖である高橋活日(いくひ)が神酒を醸して天皇に献上し、 「この神酒はわが御酒ならず、倭の大物主の醸みし御酒、幾久幾久(いくひさしく)」と奉歌した。 意味は、「このお酒は私が造ったものではありません。大和を守り治める大物主大神が醸した神の酒です。どうかこの恵みが、い…
奈良盆地の東のふち、ゆるやかに盛り上がった丘の上に、静かな森が横たわっている。 夏の暑さは残るものの、10月半ばになって、大和のコスモスも色づいてきた。 ここは奈良県天理市柳本町、行燈山古墳(あんどんやまこふん)。宮内庁が「山辺道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのえのみささぎ)」として治める、崇神天皇陵とされる場所だ。考古学的には「柳本行燈山古墳(やなぎもとあんどんやまこふん)」と呼ばれる。 日本最古の道である「山の辺の道」がすぐ脇を通り、玉砂利を踏むと、足の下で古い時間がわずかに響く。古墳は前方後円墳の形をしており、全長242メートル。 後円部の直径は約158メートル、高さは31メート…
①倭大国魂神(やまとおおくにたまのかみ) 『日本書紀』に崇神天皇の時代に疫病が流行り、百姓が流離したり反逆したりとかなり 国が危機的状況に陥ったことが書かれています。その頃、天皇の御殿の中には『天照大神』と『倭大国魂神(やまとおおくにたまのかみ)』の二神が祀られていましたが、崇神天皇はその二神を畏れ御殿の外で祀ることにしました。 このことから、二神は崇神の祀る神ではなく、元々大和で祀られていた大きな力を持った古い神であることがわかります。外から来て大和を支配した崇神勢力(九州勢)は大和国安定の為に御殿の中に地元の神を入れ祀ろうとしたのでしょうか。 倭大国魂神は崇神天皇の娘である渟名城入姫命(ぬ…
開化天皇は存在したのか 出雲口伝では第8代孝元天皇までの言及はありますが、第9代開化天皇については全く述べられず、次の第10代崇神天皇(すじんてんのう)からまた伝承が始まります。 しかも第10代崇神天皇はヤマトの磯城家の流れを継がない、九州モノノベ勢力の王であったとしています。 実際、開化天皇と崇神天皇の系図を見ますと、崇神天皇で王朝が変わり、8代孝元天皇から崇神天皇につなげるために、開化天皇という架空の天皇を設定したのではないか?とすら思えるのです。 物部系の欝色謎命(うつしこめのみこと)を母とする、9代開化天皇の宮殿はそれまでの天皇の宮殿と離れた春日山付近とされており、先代天皇の宮殿があっ…
神武即位までは空想の日本建国史編で述べたが、もう少し先まで歴史の流れをみてみます。古事記が出来た時代までを簡単に紹介します。 神武遷都には、前もって天の安河原での会議で決まっていたのに、大和に来たら一部の人の反発に会いました。決定してから時がながれ時代も変わっていたのでしょう。国の名前はヒノモト、そして天皇の呼び名ですが、スメラミコトと始めは呼んでいたようです。飛騨の伝承はここまでです。古事記では神武即位以後は天皇の話が続きます。神はもう出てきません、オカルト的な話はなくなっています。 #榛原に宮殿 飛騨の匠少しは参考にしていたウエツフミも神武即位で終わっています。しかし即位直後の事は少し書い…
今日は「建国記念の日」です。建国記念日じゃないですよ。 「の」が入ります。 それって言い方だけじゃないのって? いいえ、簡単に言うと、史実として間違いない時には、記念日とするんですけども、曖昧な部分があるので「記念の日」なのです。 うるさいオッサンですけど、正しい事を教えるのも先人の役目ですからね。 皇紀2685年2月11日 日本は2685歳と言うことで、現存する一番歴史ある国と言う事になります。 ちょっとね、生い立ちに気になるところはあるんですけども、二番目がデンマークで1000年強ですから、一番古くからの国家であることには間違いありませんし、ギネスにも認定されてます。 中国4000年の歴史…