市川房枝

市川房枝

(一般)
いちかわふさえ

婦人運動家・政治家。(1893年5月15日-1981年2月11日)
愛知県に生まれた市川房枝は、父親が母親に対する態度の横暴さを見て、男女平等の芽が生まれたとされている。
女学校を卒業後、男女平等を掲げる平塚らいてうの元に入り、雑誌「青鞜」に参加。
女性への参政権を求める運動を起こした。
明治末期から大正時代にかけて、男尊女卑が強い時代に市川房枝は、男女平等や差別の撤廃など女性に対する地位向上を訴えた。しかし、昭和初期から昭和10年代にかけての15年戦争により、女性の地位向上や参政権獲得は得られない状態が続いた。
その女性が参政権を得たのは、昭和20年(1945年)の終戦になってからで実に30年以上の歳月を費やした。
戦後も女性の地位向上に尽力。1953年には参院選に初当選して以来、5期25年務めた。
青島幸男が政治家としての「師」と仰いだほか、叙勲を固辞したことでも知られてる。
数々の実績を残した市川房枝は、1981年、87歳でこの世を去った。
また、生前には化粧を一切しなかったことでも有名だった。

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