『日本語からの哲学』という本【1】を読んだ。 「です・ます」調で書いた論文が査読で撥ねられたことに端を発して、なぜ論文を「です・ます」調で書いてはいけないのかという問いから始まった思索の成果である。それだけ聞くと、世間的常識に対する反感やルサンチマンにもとづく、『うるさい日本の私』における中島義道のような迷惑系哲学に思われるかも知れないが、そうではなかった。 著者である平尾昌宏はまず、「論文にです・ます体を用いてはならない」或いは「論文はである体で書かねばならない」という規範の根拠を問うことから始める。規範の根拠のあり方として、(A)手続きによって定められた実定的規範、(B)倫理的・道徳的規範…