前回の続きから。 ━━━ いかにもブルジョア的利害というものは、他のそれに対立する利害の何でもかんでも、自身の挫折に引っ張り込んで道連れにしたがる。 そこで、新たな生命を疲れ果てさせるために、自身の断末魔の苦しみを、一見根源的な存在論的なものにみせかける。 ブルジョア的存在の行きづまりが、人間的状況一般の、存在そのものの行きづまりに拡大される。 むろん、長続きはむりである。ブルジョア的な空無化は、そのなかでだけ発言を繰り返している階級同様、一日天下のはかないものであり、その階級にはつきものの、自身の悪しき直接性という見せかけの姿同様、フラついたものである。 希望のないことは、それ自身、現世的な…