1931年9月、満州の野で銃声が轟いた夜、東京の閣議室では一人の外務大臣が軍の独断専行を前に言葉を絞り出していた。民主主義と国際協調を信奉した外交官の名は、幣原喜重郎。昭和の激流に抗い続けた、最後の「文民外交」の体現者である。 📺 この人物の動画版|YouTube「AIで蘇る大戦の記憶」 https://youtu.be/-rLtp1pmBj4 起:国際協調主義の旗手 幣原喜重郎は1872年(明治5年)、大阪府に生まれた。東京帝国大学法科を卒業後に外務省へ入省し、ワシントン大使館や外務次官を歴任した後、1924年(大正13年)に加藤高明内閣の外務大臣に就任する。以後、複数の内閣で外交を担い、「…