後藤新平という人物を考えるときに面白いと思うのは、彼は、岩手の水沢の出身なので、藩閥出身でないし、中央の出でもない。岩手で生まれて、名古屋に行って、台湾、満州で経験を積んで、最後に東京へ戻ってきた。だから、東京の問題点がよく見えて、改造の必要性にいち早く気づいた、と思うのだ。若いときに、中央志向の流れに乗らなかったため、周縁からものを見ることを覚え、複眼的な思考力を身につけることができた。つねに好奇心をもちながら。いつの時代も、風化するものは中心にあるが、新しいものは周縁にある。(猪瀬直樹『東京からはじめよう』ダイヤモンド社、2007) こんばんは。3学期からはじめよう、6年生になる準備を。と…