装丁家。デザイナー。1938年、京城(現在のソウル)生まれ。
武蔵野美術学校卒業。在学中の1960年に「日宣美」展で特選受賞。高島屋宣伝部を経て、フリーとなり本の装幀を多く手がける。また、劇団「黒色テント」や「水牛楽団」などの運動の中でデザインを実践してきた。 著書『平野甲賀〔装丁〕術・好きな本のかたち』(晶文社、1986)、『文字の力』(晶文社、1994)など。
「平野甲賀〔装丁〕術好きな本のかたち」を読んだ。フリーのブックデザイナーが一冊の本の装丁を仕上げるまでの様子が日常と共に記されている。 平野甲賀 装丁術―好きな本のかたち (シリーズ日常術) 作者:平野 甲賀 晶文社 Amazon 今みたいにPCソフトで編集する前の作り方。「写植」という、文字やイラストを一つひとつ切り貼りして版面を作っていく姿に魅せられた。編集者とデザインや紙の種類など打ち合わせを重ねながら、平野甲賀独自の「書き文字」にとりかかっていく。 自分の個性みたいなものが透けて見えないようにしたい。(P31)平野甲賀著「平野甲賀 装丁術ー好きな本のかたち」より引用 強い独自性を持ちな…
本日のテレビ欄には平野甲賀さんの名前がありました。おおこれは珍しいことと その番組の録画予約をして、友人たちにそのことをお知らせすることになりです。 番組はNHK「サラメシ」でありまして、亡くなった有名人さんが生前に足を運ん でいた行きつけの食事やさんを訪問して、そのお店で注文していたものを紹介すると いうコーナーでありました。 いつもは俳優さんとか歌い手さんとか、そこそこ有名な人が多いので、平野さんは 地味かなと思ったりですが、平野さんが東京から活動の場を小豆島へと移したのは 2014年(お生まれは1938年ですから、その時には後期高齢者になっていまし た。)のことですから、著名人の移住の先…
LCCを乗り継いで、自宅を出てから8時間ほどで、本日の目的地に到着です。 本日は移動日でありまして、宿に入りましたら、荷物をおいてから、町の散策 を開始です。 最近はどこの町に行きましても、昔からの老舗本屋さんが、姿を消して全国 展開のお店が主流になっていますが、本日に散策した町は地元の本屋さんが健在 でありまして、たまたま立ち寄った店も品揃えがよろしくて、経営は大変なので しょうが、こういう店があって、この町の人は幸せなことと思いました。 こうしたお店では、地元に関わる刊行物をチェックするようにしているのです が、本日は当方が追いかけている方についての未知の本を目にすることになり です。ここ…
昨日の新聞読書欄にある「著者に会いたい」というところに作家 小林信彦 さんが登場です。もちろん著書は一番新しい「日本橋に生まれて 本音を申せば」 となります。 本がでたのは1月末で、当方が入手したのは2月5日でありましたので、ずい ぶんと著者の登場までに時間がかかりましたが、これは小林さんの体調などが 影響しているのでしょう。 それにしても、こうした欄で小林信彦さんの近影が見られたのは、とてもよろ しいことであります。なんとなく、こういう欄では記者がインタビューして、発言 をまとめたものが掲載となったりするのですが、ほとんど小林さんの発言は登場 せずであります。 この記事のなかでかぎかっこでの…
装丁家の平野甲賀さん死去 「深夜特急」の題字手がける:朝日新聞デジタル www.asahi.com 「平野さんは、沢木耕太郎さんの紀行小説「深夜特急」の題字などで知られる。1964年からは約30年にわたって晶文社から出版された本の装丁を一手に担い、サイのマークもデザインした。演劇との関わりも深く、「劇団黒テント」のポスター制作も続けた。」 装丁家の平野甲賀さんが22日、逝去されたそうです。本が好き、本屋さんが好き、そんな人でその描き文字をデザインした装丁を見たことない人はいないと思う。憧れました。ずっとファンです。尊敬しかない。心よりご冥福をお祈りいたします。 www.idea-mag.com…
平野甲賀 さん 装丁家。 1938年(昭和13年)、生まれ。2021年(令和3年)3月22日、死去。 訃報 装丁家の平野甲賀さん死去 「深夜特急」の題字手がける:朝日新聞デジタル 平野甲賀氏が死去 装丁家: 日本経済新聞