小説家・評論家(1891-1968).東京都牛込生まれ.早大卒. 広津柳浪の次男で,早大在学中の1912(大正元)年に同人誌「奇蹟」を創刊.はじめは文芸評論家として活躍したが,1917(大正6)年に性格破綻者を描いた『神経病時代』で小説家として注目されるようになる. 現実に密着しつつ理想を追求する強靭な批評精神により,すぐれた評論活動を行い,なかでも『作者の感想』は大正期評論の白眉とまで言われる. 主な著作には,『風雨強かるべし』『松川裁判』『年月のあしおと』などがある.
昭和16年(1941)12月8日、神戸のホテルのルームで朝寝を決込んでいた徳川夢声のもとへ、岸井明が駆込んできた。慌てた様子で、扉も開けっ放しのままだった。東條英機首相のラジオ放送が始まるという。 夢声は月初めから湊川新開地の花月劇場で芝居の興行中だった。演目はドタバタ諷刺喜劇「隣組鉄条網」で、谷崎トシ子(戦後の人気歌手江利チエミの生母)ほかの共演による、十日間興行だった。浅草での初演が当ったのを観て、それではと吉本興業が神戸へ持ってきたのである。 おりしも唄えるコメディアンとして人気者だった岸井明が阪急会館で音楽ショーの興行中で、同じホテルに宿泊していた。 昼夜二回興行とはいっても、芝居の準…
永山正昭『と いう人びと』(西田書店、1987)。こういう本は、けっして古書肆に出したりはしない。 著者は海員組合でひと苦労したあと、「しんぶん赤旗」の編集部員だった。労働組合運動隆盛の戦後期にあってさえ、ひときわ激しかったとされる船員組合の逸話は、現在となっては伝説だろうが、その時代を知る著者である。 が、本書は労働組合運動史でも日本共産党史でもない。折おりに接した先輩知友の人柄を偲ばせる逸話集にして、人物回想録である。十名を超える人びとの横顔が回想されてあるが、労働運動や党活動のなかで接した人だろうから、私ごときが名を知る人はほとんどない。中野重治と広津和郎くらいのもんだ。 七曲り八曲りあ…
『斎藤茂吉全集』全36巻(岩波書店、1973 - 76)。 宇野浩二の神経衰弱がひどくなって、だれの眼にも療養が必要と瞭かになったとき、夫人から相談された広津和郎はまずもって、青山脳病院の斎藤茂吉院長に往診を依頼した。他の往診先の帰途、こころよく立寄ってくれた茂吉は宇野を丁寧に診察してくれたが、その場のもようを広津和郎は後年『あの時代』に書き留めている。 「夜は、ゆっくり眠れますかな?」 「はい。二時間も眠れば十分です。またいくらでも、仕事ができます」 「それはよろしいですなぁ」 病状を認めたくない強気の宇野をあやすように、茂吉は丁重な口調で問診したという。診察後、別室で広津は茂吉に今後の養生…
吉川英治『私本太平記』全13巻(毎日新聞社、1959~62)定価各260円 吉川英治の時代というものが、たしかにあったようだ。徳川無声の語りによる『宮本武蔵』ラジオ朗読番組放送時間には、銭湯ががら空きになったという伝説は戦前の噺だ。戦後になっても、出世作『鳴門秘帖』はテレビ時代劇にもなった。観ていた少年(つまり私)は原作者の名前なんぞ知ろうともしなかったけれども。 戦後執筆の大作となれば『私本太平記』と『新・平家物語』だろう。その頃はすでに、辺りを払う大家による尊いお仕事といった印象だった。 父の牧場経営が失敗して家産傾き、騎手を夢見た馬好きの少年は小学校も中退して、かずかずの職業を経験しなけ…
この齢になってもまだ、アヤメ、ハナショウブ、カキツバタ、つまりアイリス系の花形の観分けができない。困ったものだ。 また寝そびれちまった。深夜に一度眠気が差したのだったが、ちょうど昔の映画を観ていたから、最後まで観てから寝ようと思い、そこがユーチューブの便利さで、いったん動画停止して珈琲を飲んだ。小腹が空いたというやつで、餡まんを一個ふかして食べた。映画は上機嫌で観了えたものの、眠気はどこぞへ消し飛んでしまった。 あの小説のあの場面はどうなっていたんだっけかと、先日ふと気になった作品があっった。藤枝静男『或る年の冬 或る年の夏』である。どうせなら冒頭からと、つい読み始めてしまったら、思いのほか時…
『対抗言論 3』(法政大学出版局、2023) 「反ヘイトのための交差路」と副題された意欲的な論集を送っていただいた。446ページの大冊だ。 四本の特集に分類され、論説や研究報告や対談企画が並ぶ。「1、文学/批評に何ができるか」「2、暴力・宗教・革命をめぐって」「3、男性支配の重力に抗う」「4、フェミニズムと社会批評のいま」。なるほど、同人雑誌四冊分と考えれば、このヴォリュームももっともか。刊行のしかたが、私の知る時代とは変ってきているのだな。 いずれも私ごときが感想を抱けるような特集ではない。そこは考えても無駄と知ってる分野もある。かつて自分流に考えてはみたが、力不足で埒が明かなかった分野もあ…
河盛好蔵(1902 - 2000)『井伏鱒二対談集』(新潮文庫、1996)より無断切取り。撮影:田沼武能 目立たぬ功労者の踏んばりによって、歴史は底支えされてきた。多くのかたがたにまで、知っていたゞく必要はないことだけれども。 ポール・ヴェルレーヌの有名な詩の冒頭。巷に雨の降るごとく、わが心にも涙降る。どんな雨だったろうか。静かに降りそゝぐパリの夏の雨か、ロンドンの十月の雨か。複数の説があるらしい。いかなる雨かによって、たしかに詩情はいくぶんか異なってくる。詩人によって詠われた時期を特定し、その時分の身辺事情や心境を考察することで、詩人の真意を推しはかれよう。 かつてお訊ねがあったのでロンドン…
昨年尻込み断念した件を、今年達成した。 池袋から JR 山手線に乗換えて、日暮里まで赴くのは、一年ぶりだ。今の私には遠出である。この一年に、大塚までは二度行った。新宿へは三度か四度行った。 もっとも遠方はといえば、旧友の葬儀に参列すべく、菊川・森下つまり川向う本所まで、一度だけ行った。これは地下鉄利用だから、ゴウゴウと鳴る音に身を任せながら、文庫本を読んでいるうちに着いた。地上の景色を眼にしながら電車に揺られたわけではない。 ふだんはせいぜい地元の私鉄で、池袋・江古田間を往ったり来たりするだけだ。わずか三駅間で暮している。 一年前の日暮里行きは、谷中霊園へと赴いて広津和郎墓所へお詣りしようかと…
いまや準縁起物、珈琲館のシナモントースト。 珍しくお座敷がかゝって、喋りに出掛ける。陳腐な験担ぎで、出陣の日には「かつ」と名の付くものを食べて出る。が、朝から異様な暑さ。かつ丼・かつカレーはおろか、メンチかつサンドすら、口にする気が失せる。 家からはさっさと出てしまって、「珈琲館」へ移動。妥協して、最近にわかに、準縁起物の地位にのし上ってきた、シナモントーストで軽い昼食。 出番の一時間前に会場入り。主催者さまとのお約束だ。学生ラウンジを臨時に小ホール化。設営作業はほゞ済んでいた。たかが老人の一時間半かせいぜい二時間の与太噺に過ぎぬ催しでも、多くのかたのお手を煩わせてしまう。恐縮の極みだ。 夏休…
じつに久かたぶりに、芥川龍之介の短篇をいくつか読んだ。 今回は、評価高い『蜜柑』が書かれた直後、大正八(1919)年の作品群だ。初期作品に顕著な、シテヤッタリのお茶目な機知は薄れ、かといって晩年の憂鬱症はまだ発していない時期である。 とはいえ『魔術』『妖婆』などは、オカルト的要素ふんだんで、『古今著聞集』『今昔物語』にあってもおかしくない着想を含んでいる。『蜜柑』とはだいぶ異なる。 志賀直哉が芥川龍之介を語った『沓掛にて』という有名な文章は、『妖婆』を材料にしていた。ご両所の芸術観の対照的相違が明瞭となった感想文だ。 妖術使いの婆さんの虜となっている恋人を、親友とともに取返しにゆく噺だ。いざ決…
1949年 日本 あらすじ 名匠・小津安二郎が、広津和郎の「父と娘」をベースにして父と娘の絆を描いた名作。小津監督が、娘の結婚をめぐる父娘の心模様を描いた初の作品で、その後の作品の方向性を決定づけたとも言える。 母を亡くし、父・周吉とふたり暮らしの紀子が27歳の今日まで結婚しなかったのは、周吉をひとりにしたくなかったからだが、周吉は紀子に嫁いでほしいと願っていた。そんなとき、叔母・まさが見合い話を持ってくる。 晩春 デジタル修復版 笠智衆 Amazon 2023.12.12 BS松竹東急録画。昨年末に録画した小津映画を古い順から観ていきます。 北鎌倉駅 しかし、デジタル修復版とはいえ音声は少々…
ヒイラギナンテン 原作となる「文豪とアルケミスト」は、文豪と共に敵である“侵蝕者”から文学書を守りぬくことを目指す文豪転生シミュレーションゲーム。 公演 ・6月6日(木)~16日(日)東京・シアターH ・6月21日(金)~23日(日)京都・京都劇場 出演 志賀直哉:谷佳樹武者小路実篤:杉江大志有島武郎:杉咲真広里見弴:澤邊寧央石川啄木:櫻井圭登高村光太郎:松井勇歩広津和郎:新正俊小林多喜二:泰江和明 舞台「文豪とアルケミスト」
祖母は戦争未亡人となって夫の郷里に疎開したもののやはり上手く行かずに親兄姉を頼って上京して、やがて父の元部下の口利きでGHQの地図局に職を得て久しく勤めることになるのだが、その前に三兄の紹介で「家庭文化」と云う雑誌の編集部に勤めて「アメリカ人のお宅訪問」と云う記事を書いた、と云う回想を聞いたことがある。家庭文化 第2巻第6号昭和21年11月雑誌古書家庭文化社三岸節子祖先崇拝米と農村郷土食薬生活音楽パレスハイツノーブランド品Amazon この「家庭文化」と云う雑誌は国立国会図書館にも所蔵されていない。検閲用に蒐集した占領下の出版物を保管しているプランゲ文庫(メリーランド大学図書館ホーンベイク図書…
大岡昇平「事件」 宮内辰造は少し小説などを読んでいたのかも知れない。場面の描写はなかなか堂に入ったものである。あるいは岡部検事と話しているうちに、次第に場面を小説的に作り上げて行ったのかも知れない。 供述というものは、実は小説に近いのである。事実を述べるといっても、人はしばしばその経験を小説的に記憶し、そのように物語る。小説家の広津和郎氏が松川裁判について、被告人や証人の供述から嘘を抽出することが出来たのは、こういう共通点があるからである。
" data-en-clipboard="true"> " data-en-clipboard="true"> " data-en-clipboard="true"> " data-en-clipboard="true">読んだ。(見た) #お水取り 入江泰吉作品集 #入江泰吉 #三彩社 入江泰吉さんが1967(昭和42)年頃に撮影した修二会の写真が92ページまで、 そこからお坊さんや識者の方達による修二会の説明、スケジュール、お経などについてのくわしい説明が142ページまで、 さらに9人の方達の「お水取り拝観記」など、183ページまである。 1969(昭和44)年に発行された33.5×26.…
図書館の棚を見回っていて、 小躍りするほどファンキーな一冊に出会った。 表紙は若き日の三島由紀夫と石原慎太郎 この本は2000年から2006年『諸君!』に掲載されたありし日の文豪たちの本。 カメラマンの樋口進さんが撮影したモノクロ秘蔵写真と、 川本三郎さんの記事で構成された、ひとり 6ページの実録集。 メンバーがスゴイ! 永井荷風、野村胡堂、志賀直哉、谷崎潤一郎、里見弴、久保田万太郎、宇野浩二、久米正雄、広津和郎、佐藤春夫、吉川英治、獅子文六、小島政二郎、徳川無声、佐佐木茂索、吉屋信子、大佛次郎、宇野千代、尾崎士郎、井伏鱒二、今東光、川端康成、川口松太郎、石坂洋二郎、大宅壮一、中山義秀、海音寺…
今回の投稿の発端は以下。 大正時代のコンカフェ(女給さんのいるカフェ)でも、・ドリンク一杯で6時間粘る・1日に8回来る・年甲斐もなく女給に惚れる・偉そうなホラばかり吹く・鉈を持ってくる(?)といった厄介オタクがいたのだなぁ。 pic.twitter.com/bjPESV2jix — 🐦なげき🐦 (@nagekinoumi) 2020年5月15日 あ、「鉈(なた)」じゃなくて「蛇(へび)」だ!今更気づいた😂物騒には変わりないけど — 🐦なげき🐦 (@nagekinoumi) 2020年5月16日 「鉈持ってくる」が「弱い癖にけんか」より格下?と思ったらそういうことですかw — アルビレオ@炙りカ…
1959年8月、大同書院出版から刊行された松川事件被告家族のルポ。編集委員は、広津和郎、壺井栄、佐多稲子、池田みち子、松田解子、野中和枝。 目次 不撓不屈の闘争の姿・広津和郎 第一部 1 身知らず柿 てんぷく現場へ 新聞記事 その網の目のうちそとで 十年のはじめに 2 「康子ハイチャ、純ハイチャ」 誘拐 「人の子をよくも、……」 にがい液 ひとすじの糸 うれい多い日々 3 初面会へ わすれられない言葉 まつかなウソのなかで 家族会誕生と公判通い 「大きな字で」「ほんのチョッピリ」 シャツ・帚・米につながる母たちのいのちについて 4 鶴見で、東京で 旅路の初めに いのりながら 一審判決 5 とり…
ある日、版画堂の目録に一枚の絵を見つけた。裏に広津和郎画とある作者不詳のなんの変哲もない小品だった。広津和郎といえば、小説家だが、本当に彼が描いたものなのかはわからない。絵も描いていたらしいが、画像が出てこないのでなんともいえない。 私は、この絵を一目見て気に入った。理由などない。とにかく良いのだ。何が〜、どこが〜、という理屈など抜きにして、とにかく良い。多分、名画と呼ばれているものの半分くらいは、同じような理由なんじゃないかと思っている。 私は、すぐさま問い合わせのメールを送った。だが、冬季休廊中で返事が返ってこなかった。 そして、二日くらい経ってから絵の返信が来て、在庫があることがわかった…
イタリアのスパークリングワイン「フランチャコルタ・ベラヴィスタ・ブリュット(FRANCIACORTA BELLAVISTA BRUT)2018」 (写真はこのあとオイスターとマッシュルームのパン粉焼き、牛ステーキ) 「フランチャコルタ」は、北イタリア・ロンバルディア州東部のフランチャコルタ地方で瓶内二次発酵方式によりつくられるスパークリングワイン。 ミラノのスカラ座とのコラボでつくられたのでスカラ座のファサードが描かれたボックス入り。 シャルドネ75%、ピノ・ネロ25%で、フレッシュな甘さとほどよい酸味でフランスのシャンパンとはまた違ったおいしさ。 映画監督の小津安二郎の生誕120年、没後60…
小津安二郎『晩春』昭和24年(1949)1949年を思い出すには すでに90歳くらいの人でないともう不可能でしょう.私にとっても戦後のイメージは自分のうっすらとした記憶なのか50年代後半からみてきた映画やドラマのイメージによってつくられたものなのかもうわかりません.****小津作品は若いころから,何度もその高名さからみようとしました.繰り返し,テレビで放映されてきました. しかし,最後までみたのかどうかも思い出せません. 『晩春』父(笠智衆)と紀子(原節子) 今回,初めて見てだいたいのシーンはしっていたし,結末も知っていました.広津和郎も読んだことがありません.**笠智衆や杉村春子はよく知って…
www.shochiku-tokyu.co.jp『東京物語』(1953)、『早春』(1956)などの小津安二郎監督による作品。 鎌倉で一人娘の紀子と暮らす男やもめの曽宮周吉が、娘の結婚を促すため嘘を重ねる姿が描かれます。 お互いのことを思う父娘の姿を、結婚話を通して描いているのが見どころ。父娘の苦悩と葛藤をリアルに見せた内容は、戦後の小津監督の作風を確立することとなりました。 父親役を笠智衆が、娘役を原節子が演じており、繊細な心の揺ぎと親子関係を見せています。放送情報晩春 4Kデジタル修復版 BS260 BS松竹東急 2023/12/12(火) 20:00-22:10作品概要1949/日本 上…
モカマタリのデミタスを飲む。カウンター席で本を読みながら思わず寝落ちしてしまった。デザイン性と落ち着きのある内装、客層に安心感があって、賑やかな会話やシャッター音が聞こえない喫茶店を探すのは案外難しい。10年振りくらいに来たけど昔より馴染めるようになった気がした。そのあと行った軍鶏専門料理店で隣りの席に居た老夫婦の会話の中に「Well-being」という単語が聞こえてきた。Well-being。昨今のSDGsの流れで最近再注目されている言葉。 WHOに言わせりゃ"Health is a state of complete physical, mental and social well-bei…
影響? 受けたに決ってる。どんな影響? 憶えてなんぞいるもんか。 はっきりと記憶され、その後おりに触れて思い返される深刻な影響というものがある。「出逢い」なんぞと表現される場合も多い。 それとは異なる影響もある。そうだったのかなるほどね、といった読後感を得ていちおうの納得をしたまま、記憶の彼方に押しやられていったようでいて、無意識のうちに自分の思索や判断の参考となっていたりする。自説なんぞというものは、つまりは先達の片言隻句のモザイクだ。核心部分にごく微小な「資質」「持前」というようなもんがあって、そのタネに巨大量のコロモをまとわせたもんが自分である。 軍国期から戦争期・敗戦後飢餓期を主たる視…