今から遡ること65年前のこと。 フィンセント・ファン・ゴッホの 複製画を集め始めたことをきっかけに 複製名画の美術館を自費で建設しようと 尽力した一人の洋画家がいた。 その人物の名は「 大石 輝一 」 (おおいし てるかず) 「 アート・ガーデン 」(藝術の園)と銘打った 兵庫県三田市広野の一画を舞台に 当時、66歳の市井の画家は 雨の日も風の日も休むことなく 妻と手を取り合い、二人三脚で 夢の「 美術館建設 」へと心血を注いでいた。 「 若い人たちに美しいものを見せてあげたい 」 そのひたむきな思いと長年敬愛して止まない フィンセント・ファン・ゴッホへの熱い思い。 それだけが、日々彼の心を突…