夏目漱石の作。初出:明治45年1月〜4月「朝日新聞」 「門」以後、約一年半の空白をおいて発表された。その間、修善寺で胃潰瘍のために吐血したり、5女ひな子が急死したり、入院生活を送ったり、さまざまな痛手が漱石をおそっている。「久しぶりだからなるべくおもしろいものを」と漱石は「緒言」に書いた。六つの短編と「緒言」「結末」とで構成されている。
彼岸過迄 (新潮文庫)
彼岸過迄 (岩波文庫)
胃潰瘍を患い、避暑を兼ねて伊豆の修善寺に療養に行ったが、17日後に三度も吐血して危篤状態になった。 夏目漱石、43歳。「修善寺の大患」といわれる事件だ。 幸いにも快方に向かった漱石は、五か月の闘病の後、翌年の正月から新聞連載を開始する。『彼岸過迄』という小説だ。 題名は小説の内容にそったものではなく、三月のお彼岸が過ぎるころまで連載をするという決意を表したものだ。 ※以下の記事中の引用は『彼岸過ぎ迄』の序文から ※『彼岸過迄』初版(夏目書房HPより借用)版画は橋口五葉 立春に合わせたかのように昼から暖かくなった。我が相方に頼んで車で畑まで連れて行ってもらった。 二週間ぶり。 ずいぶん長くまとま…
今日は気分すぐれず。それでも気分転換にとペンを取り。 今日描いたイラスト「Dizzy」。 そろそろ、心臓のお薬を飲まないといけない時期ですが、これも今後どうなるか。もうしばらく様子をみてみようと。 さて、これまで夏が終わったらまた通院を始めていたのですが、ものすごく混む病院で、いつも2時間ひどい時は3時間待ちます。待ち時間、何をしているかというと、突っ伏して寝ているか、本を読むのですが、その際、スマホのKindleで読んでました。だいたい1時間くらい経って、疲れて閉じるのですが、決まって何を読んでいるかというと、漱石の「彼岸過迄」。紙媒体のものは家に。外ではKindleで。 家では読まず、外へ…
― 秘められた想いと、言葉にならない距離感。 『彼岸過迄』は、夏目漱石が1912年に発表した長編小説で、『行人』『こころ』へと続く三部作の第一作とされています。語り手である敬太郎が、友人や親族の恋愛模様に翻弄されながら、間接的に自らの心を映し出していく構成が特徴です。 物語は、敬太郎の周囲で起こる縁談や失恋をめぐる会話や回想で進みます。本人は傍観者でありながら、やがて自分自身の淡い恋心や煩悶が浮かび上がり、語られない“思い”が読者の胸に響いてきます。漱石特有のユーモアに包まれながらも、その根底には「人はなぜ愛をうまく伝えられないのか」という切実な問いが潜んでいるのです。 特に、告白できぬまま胸…
youtu.be 夏目漱石の #彼岸過迄 を50年ぶりに熟読しました なので持ってる本も50年前に購入したもの 漱石より年上になってはじめてわかったこの小説の隠された見どころをご紹介します 後期三部作と前期三部作 前期は三四郎 それから 門 後期は彼岸過迄 行人 こころ になっています そうなると初期2部作で 吾輩は猫である と 坊ちゃん を ひとつにカテゴライズしたいものです 漱石読書は中学時代 漱石ルネサンス ぼくは漱石の小説を中学2年と3年で結構読みました 明暗 こころ 彼岸過迄 門 それから 道草 三四郎 硝子戸の中 で 通読はしたものの さすがに中学生に漱石はわかりません ただ ここ…
漱石後期3部作の一つである。登場人物がそれぞれ語り部となって物語を回していき、読み終わったとき、壮大な物語を読んだ気分に私はなった。物語の最初の語り部が敬太郎で、最後の語り部である松本の話しかける相手が敬太郎だったので、一周回った感じがしたからだろう。 凡そのあらすじは、 まず大学を卒業したばかりの敬太郎の視点で物語が始まり、痛快に、ロマンチックに生きたいと思うが、及び腰であることが語られる。 次に敬太郎の大学の友達である市蔵の長い語りが始まる。自分の出生の悩み、そして千代子との生まれて以来の関係が語られる。 最後に市蔵の伯父である松本が見た市蔵のことが敬太郎に語られる。 私の感想 松本の語り…
寝しなに『彼岸過迄』を読んだ。一月くらいかかった。 【彼岸過迄】 このタイトルはカッコ良いのだが、実は内容とは無関係。大病から復帰した漱石が、新聞小説を連載するにあたり、彼岸過ぎまでには終わらせると言ったことが、小説のタイトルになった。 まえがきで漱石は「自分は何派でもないが、面白い小説を書きます」というようなことを述べている。また、大体の素案はあるが、書いてみないとどういう方向に進むかも分からない、とも書いている。 【中途半端な探偵】 例によって、主人公は無職でぶらぶらしている敬太郎という若い男である。村上春樹の小説でもたいてい主人公は無職の暇な男であるが、そういう世間から外れた、ぽっかりあ…
先日夏目漱石の彼岸過迄を読みました。「彼岸過迄」というこのタイトル、彼岸過迄に書き終えようと思っていたからこのタイトルにしたとのことでした…! タイトル適当過ぎるやろ!と思いました。主人に面白おかしくそのことを話しましたが、少しして自分のブログのタイトルも散々であることを思い出しました。毎度、どうしていいか分からず、本文中から単語を抜き出すのみ。平凡。ひねりの無さ。笑 …どうして私って、自分のことは棚の上にあげて物を見る癖があるんでしょうね。 しかも今回の相手に限っては、文学会のディフェンディングチャンピョン、夏目漱石様に対してでした!爆 身の程知らず! 怖い。笑 怖いといえばウチの息子です。…
夏目漱石といえば日本の国民的作家だ。 夏目漱石は『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』、『三四郎』、『こころ』、『夢十夜』などの多くの名作を生み出した。特に『こころ』や『夢十夜』は高校の国語教科書にも載っているので、読んだことがある人は多いはずだ。少し前では千円札の肖像画としても描かれていた。 そんな国民的作家の夏目漱石だが、「前期三部作」と「後期三部作」と呼ばれる作品群があることをご存知だろうか?高校の国語の授業で聞いた人も多いかもしれない。 「前期三部作」と「後期三部作」は、それぞれある特徴を持った夏目漱石の作品群のことをいう。 前期三部作は『三四郎』、『それから』、『門』の3作品だ。 それに…
彼岸過迄 (新潮文庫) 作者:漱石, 夏目 新潮社 Amazon 前半は謎が物語を引っ張る。額にほくろのある正体不明の男を調査するなんて、まるっきり探偵小説のノリだ。蛇の頭が彫られたステッキとか、文銭占いでの奇妙なお告げとか、怪しげな小道具も雰囲気を盛りあげる。先がどうなるのか気になって読み進めた。 後半「須永の話」からジャンルが変わったように感じた。ここからは須永と千代子、二人の心がテーマになる。理性の人須永と感情の人千代子は、お互い惹かれながらも一緒になることができない。その苦しさが書かれている。 * * * 「彼岸過迄について」という漱石の前書きの中に、次のような記述がある。 かねてから…
『彼岸過迄』は、夏目漱石の後期三部作と言われるうちの一冊だ。 実は高校を卒業したころに買ったきり、しばらく本棚の肥やしにやっていた。高校の教科書に載っていた『こころ』が好きで、別作品も読んでみようと思って買ったのだと記憶している。 しかし、もともと『こころ』を好きになった動機が不純であり(「先生」と主人公の関係にときめいていた・・・・)、本書にも勝手に萌え要素を期待して勝手に裏切られ、最初の数十ページで止まったままになっていた。なのでかなりしばらくぶりに、ふたたび開いたことになる。本作は、大学を卒業したばかりでまだ働き口を見つけていない敬太郎が、同じ下宿先の森本や、大学の友人である須永の話を聞…