後伏見天皇

後伏見天皇

(一般)
ごふしみてんのう

鎌倉時代末期の天皇、治天の君。持明院統
諱は胤仁(たねひと)。生:西暦1288年〜没:西暦1336年。父は伏見天皇
大覚寺統との対立により即位後3年で後二条天皇に譲位させられてしまう。しかし後二条天皇は在位7年で崩御。弟の花園天皇が即位し、伏見上皇の院政停止後は治天の君となる。両統迭立条件により花園天皇は即位後10年で大覚寺統後醍醐天皇に譲位。後醍醐天皇は鎌倉幕府を無視して10年以上在位し続けるが、倒幕運動を起こしたために流罪となり、子の光厳天皇が即位しまた上皇の院政が始まる。
しかし西暦1333年に足利高氏後醍醐天皇らが鎌倉幕府を倒し建武の新政を始め、光厳天皇は廃されてしまう。
のち、足利尊氏はまたしても建武政権に反旗を翻し持明院統を立てるが上皇はすぐに崩御。その年に持明院統で上皇の子にあたる光明天皇が即位するが、上皇がそれを見ることはなかった。
天皇の女御、西園寺寧子は非皇族、女性として唯一の治天の君となった。

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