文政11年。6月10日、鈴木丹後守殿の家老の何某の召仕中間が上屋敷の長屋で首をくくって死ぬ。4日前に暇を出されたので、その当てつけに死んだとのこと。若宮の車の中で住吉町の車は幕、高欄、人形、天井などを取り替えて立派になる。幕は猩猩緋に波を縫つぶし(刺繍)する。縫代は100両あまりと。今年、玉屋町の車の楫(梶)取の中に、14日の引初めで轢かれて死んだ者が1人ある。片端朝祭の楫取が佐藤源左衛門殿の前で腕を轢かれ、銭喜の倅は見廻車(見舞車)で顛肝(てんかん?)が起こる。その他にも怪我人が多い。神の御心が平穏でないためかと噂する。6月5日、激しい雷に激しい風雨で、早手(疾風)なので沖では大騒動となる。…