地理学者(1863-1927) 愛知県生まれ。 札幌農学校出身。三宅雪嶺らと雑誌「日本人」を創刊、国粋主義の論陣を張る。 また、古典文学からの豊富な引用と,地理学の術語を駆使し,「気候、海流の多変多様」「水蒸気の多量」「火山岩の多々」「流水の浸蝕激烈」である日本の風土が、いかに欧米に比べて優れているかを情熱的な文章で綴った『日本風景論』が、日清戦争の勝利と三国干渉という時期に刊行されてベストセラーとなる。以降の日本人の風景観に大きな影響を与えた。
志賀重昂「日本風景論」は、ヨーロッパや中国・朝鮮の風景を片っ端からくさした上で、日本の風景が世界一だと主張した。中国・朝鮮に関しては、地層が古すぎて活火山がないため、火山岩がゴロゴロしている日本より劣るとした。 けだし朝鮮のごとき、多くは原始紀、太古紀の地質に係り、火山岩たる少々。シナのごとき、北方は一面第四紀地層に係り、平々たる水成岩延縁すること無慮四万二千方里〔日本全面積の一倍七強〕、いわゆる「黄土」と称し、黄河の濁江汪々としてその間に曲折し、そそぎて黄海に入り、上には黄雲惨澹とし、満眸みな黄色。一山一峰のこの際に聳起するなく、風物の単一同様なる真個に行客を倦殺せしむと。 けだし「野は曠く…
日本人の宿痾とされる、「過度な精神主義」への批判。 俗にいわゆる「大和魂」、「心の力」をめっぽう重視するあまり、ちょっと難局にぶっつかるともうすぐにあきめくら(・・・・・)のようになり、天佑神助を頼みとし、思う念力岩をも通す、断じて行えば鬼神もこれを避くのだと根性論に偏しきる、この持病に関しては、しかし存外、早くから、問題視する者も居た。 少なくとも日露戦争直後には確認可能な傾向である。 志賀重昂が、それをした。 (Wikipediaより、志賀重昂) 旅順の地獄を筆頭に、従軍記者の肩書きで第一線に身を置いて、戦地のリアルをまざまざと見た重昂は、二十世紀の戦争が如何におそるべきシロモノか、骨の髄…
英国人が考えた。 そうだ、ゲジラ地方を灌漑しよう。 スーダンの地図を眺めながら考えた。 (ゲジラ(ジャジーラ)州位置) 青ナイルと白ナイル、双(ふた)つの大河に挟み込まれたあの場所は、現在でこそ一面不毛の砂漠なれども、手を加えれば見違えるほど素晴らしい沃野になるはずだ。 そこで綿花を育てよう。 要求される水量は、ざっと一千一百億ガロン。トン換算で五億以上を吸わせる必要性がある。思わず目玉の飛び出しかねない膨大ぶりであるのだが、なあに「母なるナイル」なら、きっと必ずこんな無茶にも堪えられる。──… 未だスーダンが英国の植民地であった、一九二〇年代の発案だ。 (ソ連、コルホーズの綿花) 「ゲジラ計…