宝永7年6月12日。文左衛門は辰刻(午前7時)から尉右・藤蔵と水野へ出かける。文左衛門は槍・挟箱を持ち、若党・草履取を連れていく。久治の部屋に2升樽を1つ、干きすを20枚を持参する。勘太へ有平糖の曲物1つを持参する。印場は斉場とも書く。左の方に渋(ソブ)川天神の社がある。新居で弁当を食べる。新居を出発すると左の方に大池がある。常に水が濁っているので濁池という。しばらくするとまた右に大池があるが、名はわからない。追分があり、左は定光寺路と瀬戸道であった。水野近くなると山道となり、段々と登っていく。坂があり、柏井坂という。道端の左には大きな石があり、立石といった。下には小さな段があり、石の半分と云…