前稿で詩「業の花びら」に記載されている「暗い業の花びら」は「慢心という業の報い(罰)を受けたときに現れる幻の花びらのこと」であると推論した。しかし,多くの賢治ファンは,菩薩に成りたかった賢治に「慢心」(傲慢)が生じることを認めたくないであろう。本稿では,賢治に「慢心」があったかどうかについて検討する。 賢治が亡くなる3年前と10日前に,花巻農学校時代の教え子で小学校の教諭になっている沢里武治と柳原昌悦に手紙を出している。賢治のこれら2つ手紙に「慢心」について述懐する言葉を残している。 沢里への手紙(書簡260;1930)には,「私も農学校の四年間がいちばんやり甲斐のある時でした。但し終わりのこ…