持明院統

持明院統

(一般)
じみょういんとう

鎌倉後期の皇統分裂後、後深草天皇の血を引く天皇の朝廷。ただし、始祖は伏見天皇
その名は後深草天皇が退位後持明院を御所に定めたことによる。


南北朝の動乱では平安京に残ったため、吉野の南朝に対し北側にあることから北朝と呼ばれる。
南朝に三種の神器を持っていかれてしまったため*1、平家に三種の神器を奪われた後白河法皇が院宣のみを根拠に神器なしで後鳥羽天皇を即位させた故事にならい、治天の君の院宣をもとに皇位継承を行っていた。


血統的に今上天皇に連なる皇統であるため、近代までは北朝が正統とする説が有力であった。
しかし明治天皇が南朝を正統としたことにより南北朝時代の北朝の天皇は歴代天皇から外されてしまった。いわゆる「神武以来125代」に北朝は含まれていないのである。

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*1:南朝が偽器と主張したものすらも正平一統で奪われてしまった。

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