言うまでもないことだけど、現実は現実でしかない。人は誰もが、目の前にある「いま・ここ」を生きることしかできない。ただ幸か不幸か私たちは人間であるために、目の前の現実に空想を重ね合わせたり、もしくは現実から離れて空想の彼方に心を飛ばしてしまったりすることがある。世界から逃げるためだったり、世界を捉え直すためだったり、様々な理由で人は空想の力を使う。 熊倉献『春と盆暗』に収められた四つの物語には、現実と空想が重なる瞬間が描かれている。私たちの誰もが逃れることのできない「いま・ここ」と、空想によって生み出された風景とが重ね合わされることによって、とりたてて特異な出来事が起きるわけでもない本作の各物語…