享保1年8月23日。呉服町袋町と本重町の間の西側、近松幸安向かいの正教寺の同宿(修行僧)と正教寺のところにいた女が心中して死んでしまう。この女は18、9でとても美しく、踊上手でとても色っぽかった。父は知行取と云々。美濃あたりからやってきて厄介になっていた。同宿は善知といい、正教寺の甥だと。これも侍の子であった。正教寺の跡取りと約束されていたと云々。同宿と女は密通していた。しかし、9月に他所へ縁組させようとしたので、女の方から死のうと度々手紙を遣わしていた。同宿は何とかと押し留めていた。この手紙があって知れたと云々。女の方からから坊主を切って、女も自害した。一説には、この女をある侍から預けおいた…