森喜朗

(ウェブ)
しんきろう

蜃気楼のように失言が無ければ霞むようなとある政治家の蔑称。
森が「しん」と読める事から名付けられた(朝日新聞社会部より)。

森喜朗

(社会)
もりよしろう

日本国第85代、第86代総理大臣。元・衆議院議員
自由民主党 清和政策研究会 元会長

氏名
森 喜朗 (もり よしろう)
生年月日
昭和12年 7月14日
選挙区
石川県第2区 当選12回

「日本は神の国」発言

「日本の国は、まさに天皇を中心としている神の国である」という発言を、総理時に、神道政治連盟国会議員懇談会における挨拶で行った結果、野党とその考えに反する団体や人々が批判や、不快感を表明し、社会問題になった。

  民主党の鳩山由紀夫代表は、この発言に対し
”「天皇を中心とした神の国という考えを国民に徹底したいという発想は大日本帝国憲法に近い。国民主権の現在の憲法を正面から否定する話だ。アジア諸国に与える影響を心配せざるを得ず、深刻だ。教育改革をする資格が疑わしい」と、また共産党は、「主権在民の憲法の基本思想や憲法擁護義務に反する発言」である。”と批判した。

 また、真宗教団連合も、撤回を求める抗議文を、(当要請文)発表、部落解放同盟中央本部も抗議文を(当文章)自由法曹団も、「神の国」発言をした森首相の退陣を求める決議(当文章)を発表している。

 この後、野党、退陣要求で一致したが、森総理は陳謝を受け入れず、野党4党(民主党・自由党・社民党・共産党)の幹事長・書記局長会談では、森総理の発言について、”憲法の基本理念である国民主権、信教の自由に反し、他国への侵略の根拠になった考え方”との認識で一致した。

 また、神崎公明党代表も、平成13年5月24日の記者会見で、”森喜朗首相の「神の国」発言について「個人的には撤回した方がよかったのではないかという感想を持っている」と述べ、党として参院本会議での首相の釈明を「了とする」との見解は変えないものの、発言の撤回が望ましかった。”という考えを表明した。

その他、「言うべきタイミングでないところで、もっとも言ってはいけない事を『ポロッと』口にする」デリカシーに欠ける点が嫌われ、内閣支持率も平均して20%を推移するにとどまった。

上記の事以外でも、トラブルメーカー的な行動が目立つことから石原慎太郎から度々批判されることもあった。「保守を終わらせた」という揶揄まで出ていた。

略歴・現職

  • 昭和12年 石川県能美郡根上町(現・能美市)に生まる。
  • 昭和31年 早稲田大学第二商学部裏口入学。この間、売春防止法違反により逮捕歴有。
  • 昭和34年 自民党本部青年部へ入党。
  • 昭和35年 産経新聞東京本社コネ入社。
  • 昭和38年 衆議院議員・今松治郎氏秘書。
  • 昭和44年 第32回衆議院選挙に無所属で出馬トップで初当選。
  • 昭和50年 総理府総務副長官(福田内閣)就任。
  • 昭和52年 官房副長官(福田内閣)就任。
  • 昭和56年 衆議院大蔵委員長就任。
  • 昭和58年 文部大臣(中曽根内閣)就任。
  • 昭和62年 党・全国組織委員長就任。
  • 平成 3年 衆議院・議院運営委員長就任。 党・政調会長就任。
  • 平成 4年 通産大臣(宮沢内閣)就任。
  • 平成 5年 党・幹事長就任。
  • 平成 7年 建設大臣(村山内閣)就任。
  • 平成 8年 党・総務会長就任。(橋本総裁)
  • 平成10年 党・幹事長就任。(小渕総裁)
  • 平成11年 党・幹事長再任。
  • 平成12年 党総裁・内閣総理大臣就任。
  • 平成13年 内閣総理大臣辞職。
  • 平成16年 2011ラグビーワールドカップ日本招致委員会会長就任。
  • 平成17年 日本体育協会会長、日本ラグビーフットボール協会会長就任、現在に至る

国民年金保険料納付についていまだ口を閉ざす。http://f40.aaacafe.ne.jp/~matome/

このタグの解説についてこの解説文は、すでに終了したサービス「はてなキーワード」内で有志のユーザーが作成・編集した内容に基づいています。その正確性や網羅性をはてなが保証するものではありません。問題のある記述を発見した場合には、お問い合わせフォームよりご連絡ください。

ネットで話題

もっと見る

関連ブログ