槙原寛己

槙原寛己

(スポーツ)
まきはらひろみ

80〜90年代のプロ野球、読売ジャイアンツの選手。現・スポーツキャスター。
右投右打、ポジションは投手。背番号は54→17番。

1982年、ドラフト1位で読売ジャイアンツに入団。
プロ初登板初完封勝利を挙げ注目を浴びる。
以後、先発投手として斎藤雅樹、桑田真澄と共に三本柱として90年代のジャイアンツを支えた。
1985年、阪神タイガースの日本一を呼び込んだとされるバース、掛布、岡田の甲子園球場バックスクリーン3連弾を浴びる。
1993年、FA制度が導入された際にFA宣言するも、当時の長嶋茂雄監督に説得*1
1994年、福岡ドームで20世紀最後の完全試合を達成*2
1996年には中日ドラゴンズ戦で音、山崎、大豊に3連続ホームランを浴びる。*3
2000年、リリーフ投手に転向。
2001年、現役引退。

現在はTBS野球解説者、スポーツキャスターとして活躍。
マスターズリーグ・札幌アンビシャス、モルツ球団にも参加。

*1:背番号にちなみ17本のバラを持参して自宅を訪問し、説得した。

*2:後日談で、このとき二日酔いだったことが明かされる

*3:3連続ホームランを2度打たれた投手は、プロ野球史上槙原のみである。

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