明治維新は漢学を、ひいてはその背景をなす漢文明の価値そのものを叩き落とした。 地の底までといっていい。まるで瘧の落ちるが如き容易さで、日本人は「中華」の魅力に不感症になったのだ。 それを象徴する顕著な例が、漢学書籍の投げ売りである。 牧師にして文筆家、何故かよく岩野泡明と混同される、「軽井沢の聖者」こと沖野岩三郎の記述に依れば、「四書が四銭、五経が五銭、唐宗八家文が八銭、十八史略が十八銭といふやうな値のつけ方」であったらしい(昭和九年『話題手帖』100頁)。 代わりに持て囃されたのが、『西洋事情』に代表される、欧米圏の消息に触れた本だった。 興味の対象が移っただけで、人々の読書欲自体には些かの…