今と同じように、米価の高騰が問題になったことが過去にもあったんですね。1950年12月7日、参議院予算委員会で、野党議員(木村禧八郎;日本社会党)から、高騰する米価問題への政府見解について質問され、政府側として答弁に立ったのが、大蔵大臣・池田勇人でした。このときの答弁として出たのが、「貧乏人は麦を食え」でした。当時、不足していた米に関する答弁でしたが、実際の言い回しは、「私は所得に応じて、所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則にそったほうへ持って行きたい」という言葉でした。それを新聞が、見出し用の言葉として、翻訳して出したものです。センセーショナルな言葉に…