此の種の繁文褥禮、觀念主義が、實に執拗に、わが文化の中に巣食ってみたことは、一寸反省して見ると驚くべきものがある。これ等は結局、非常時に入り乍ら今日の決戦の日が来るのが遅過ぎたためであつて、丁度熟せんとしてゐた果實を途中でもぎ取って、圍ひの中で人工的に熟させようとしたのが、その時期が餘り長過ぎたために健全な成熱から外れて腐りか つたやうなものである。今こそ全文化を目的意識と観念的規定の室から出して、凛然たる外氣に當て、自然のまゝに生きてゆくものだけを生育せしめるやう、純粋化し、淘汰せねばならぬ。 ――河上徹太郎「光榮ある日――文藝時評――」 これは『文学界』の昭和17年1月号の巻頭の文藝時評で…