エッセイを書こうと思ったきっかけは『深夜特急』(沢木耕太郎)だった。 『深夜特急』は26歳だった沢木耕太郎が、約1年かけて、香港からユーラシア大陸を横断し、ロンドンをめざした旅行記だ。1974年のことである。 本書には、著者が異国をほっつき歩く様子が臨場感たっぷりに描かれている。紙面からはまるでインドの香辛料が香ってくるかのようで、東南アジアのねっとりとした暑さまでもが伝わってきた。私は現実の世界が退屈でたまらなくなると、この本を読んで脳内旅行に出掛けた。 それに、刺激的な旅だけではなく、沢木耕太郎の身軽で自由な生き方にも憧れた。 彼は通勤で雨に濡れるのが嫌だったとかで、大学卒業後、入社した会…