前回、私は『週刊ヤングマガジン』の『パリピ孔明』において、諸葛孔明が放った王莽・趙高の故事を引いた論戦が、現代の日本の放漫財政や財政規律派のパージ(排除)に対する痛烈な風刺(メタファー)であると指摘した。 そこで一つの、極めて奇妙な「ねじれ」に突き当たる。 現在の日本の言論空間において、減税や給付金のバラマキをポピュリズムの欺瞞として批判し、財政規律の重要性をロジカルに説く層というのは、どちらかと言えば知的リテラシーが高く、経済的にもアッパー寄り、いわばビジネス誌やクオリティペーパー(高級紙)を好むハイソな層に偏りがちだ。 それが、なぜよりによって『週刊ヤングマガジン』なのか。 ヤンマガといえ…