「寛永十年、一月二十日。崇伝は江戸金地院において遷化した。享年、六十五。亡骸は荼毘にふされ、遺骨は金襴緞子におおわれた輿で京へはこばれて、南禅寺金地院に埋葬された。 “黒衣の宰相”金地院崇伝が、その悪名と引きかえに築き上げた徳川三百年の泰平の国家づくりは、近年、パクス・トクガワーナ(徳川の平和)と称され、海外の研究者の間で評価が高まっている。」 『黒衣の宰相』(火坂雅志)末尾の一節は、こう記されていた。 戦国乱世の中で没落した一色家の出で、5歳から南禅寺に入って修業した以心崇伝。乱世は人を不幸にする。国家が定まってこそ、民の安寧はある。彼の願いは泰平の世だった。そこで学問を究め、学をもって世に…