昭和58年12月2日1版1刷 ①12歳で父を失い家督をつぐ ②ふらふらと東京美術に入学 ③日本で最初のバンドを作る ④23歳、ロンドンに留学 ⑤カメラ掲げて回教寺院回り ⑥楽焼が陶芸一筋の生涯を決める ⑦多事多難の二十年 ⑧安い複製を作って売る ⑨終戦の翌月芸術院を去る ⑩思いもかけぬ文化勲章 ・明治19年奈良生まれ。家が法隆寺に近く庄屋という家柄だった。12歳で父を失い家督をついだが、生前、父から明と有田の焼き物のゴスの色合いや味の深さについて聞かされた。中4で日本美術院の展覧会の一般募集に法隆寺金堂の壁画を模写して出品すると入選した。東京美術学校図案科に入学した。為永春水、柳亭種彦等の軟文…