牛金

(社会)
ぎゅうきん

中国後漢から三国時代の人物(生没年不詳)。魏(曹魏)の武将で、曹仁司馬懿のもとで戦う。

208年赤壁の戦いの後、曹操に留守を託された曹仁に従い江陵に駐屯し、呉の周瑜の侵攻に備えたにあたった。まもなく、周瑜が大軍を率い江陵に来襲してきたとき、牛金は曹仁より300の兵を預かり迎撃したが寡兵であった為に牛金は窮地に陥る。城郭よりこの様子を見ていた曹仁は、僅かな手勢を率い牛金救援の為に出撃し、牛金とその手勢を見事救出した。この戦いの様子を見ていた陳矯は曹仁の武勇を賞賛した。

231年、蜀(蜀漢)の諸葛亮が北伐の軍を興し祁山へと侵攻してきた。魏(曹魏)の皇帝の曹叡は司馬懿に兵権を預け迎え撃たせた。諸葛亮が逃走した為、牛金は司馬懿の命で囮部隊として蜀軍の誘引を謀るが、僅かに戦闘しただけで諸葛亮はそのまま退却した。

235年、蜀(蜀漢)の丞相の諸葛亮の死後に北伐してきた馬岱を撃破した。その後、反乱を起こした遼東公孫淵の討伐戦に司馬懿の下で参加した。官職は後将軍にまで昇格した。

「馬の後を継ぐのは牛である」という予言を信じた司馬懿により毒殺されたという説がある。

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