僧侶・作家。東日本大震災復興構想会議のメンバー。 1956年福島県生まれ。慶應義塾大学文学部中国文学科卒。 『中陰の花』で第125回芥川賞を受賞。 主な著書には『アブラクサスの祭』, 『化蝶散華』, 『御開帳綺譚』, 『アミターバ』, 『まわりみち極楽論』などがある。 デビュー作は『水の舳先』。 2009年度より花園大学客員教授。
一条真也です。このたび、わたしが佐久間庸和の本名で書いた著書『ロマンティック・デス』(オリーブの木)の書籍紹介動画がUPされました。ぜひ、ご覧下さい! 同書の詳しい内容は、ブログ『ロマンティック・デス』をお読み下さい。同書には、「死をおそれない」というサブタイトルがつけられています。2024年4月23日に刊行されました。帯には、作家・福聚寺住職の玄侑宗久先生の「日本人の古層に宿った物語が、いま佐久間さんによって新たに甦った。これは現代人の安らかな死を支える、ゆるぎない物語である。」と書かれています。ありがたいことです。 ロマンティック・デス 作者:佐久間庸和 オリーブの木 Amazon *よろ…
佐久間庸和です。このたび、『ロマンティック・デス』(オリーブの木)の書籍紹介動画がUPされました。ぜひ、ご覧下さい! 同書の詳しい内容は、ブログ「佐久間庸和『ロマンティック・デス』」をお読み下さい。同書には、「死をおそれない」というサブタイトルがつけられています。2024年4月23日に刊行されました。帯には、作家・福聚寺住職の玄侑宗久先生の「日本人の古層に宿った物語が、いま佐久間さんによって新たに甦った。これは現代人の安らかな死を支える、ゆるぎない物語である。」と書かれています。ありがたいことです。 ロマンティック・デス 作者:佐久間庸和 オリーブの木 Amazon 2026年3月19日 佐久…
2013年発行「生きる。死ぬ。」(土橋重隆・玄侑宗久 著/ディスカバー・トゥエンティワン刊)がん医療に携わってきた外科医・土橋重隆さんと、作家で禅僧の玄侑宗久さん、二人の対談本です。 ・がんになりやすい人の性格と部位・病が治らない人と治る人の特徴、・昔の日本に「死ぬ」という言葉は存在しなかった・胎内記憶の共通点 など、生死に関わってきた経験から得た独自の視点がたっぷり語られています。職は違えど見解に共通点がたくさんあり、一般的な医療の話とは違う視点も多くてクリーンヒットな一冊でした。以下、特にグッときた部分のメモと感想をまとめています。 リンク がんになりやすい性格と部位 同じ食と生活でも夫婦…
一条真也です。121冊目の「一条真也による一条本解説」をお届けします。『仏と冠婚葬祭』(現代書林)です。「仏教と日本人」というサブタイトルがついています。ブログ「玄侑宗久先生との対談」で紹介したように、わたしは2024年5月22日に、芥川賞作家で臨済宗福聚寺住職の玄侑宗久先生と対談いたしましたが、その内容が本書に掲載されています。 『仏と冠婚葬祭』(現代書林) 本書の帯 本書の帯には玄侑先生とわたしの上半身の写真が使われ、「『一寸先は闇』を実感する現代社会――あらためて『死』と『葬』と『仏教』を考察する」「僧侶として儀式の第一人者として二人の作家がたどり着いた悟りとは?」と書かれています。帯の…
氏神さまの神社に初詣をし、心も新たに柏手を拍ちました。 新年の高揚した気持ちに、厳粛な落ち着きを与えてくれる、この柏手とは何なのでしょうか。 『魏志倭人伝』には、古代の日本人が相手に対する敬意を表するのに、中国のようにひざまずくのではなく、柏手を拍っていたという記述があります。 玄侑宗久さんによれば、柏手を拍つというのは敬うべき対象があるから、それに敬意を払うための行為ではないのだそうです。そうではなく、柏手を拍つことでそこに「敬う心」を感じ、神さまが降りてくるという仕組みなのだといいます。古代の日本人には、そのようなひとに対する敬い方がありました。それがやがて、神に対する接し方に限定されるよ…
年末の墓参りに行ってきました。両親ともに他界して、もう十年近くが経ちます。亡くなって知る親の恩などと言いますが、迷惑をかけたひとつひとつが思い浮かびます。親の恩といえば、法華経にはこんな話があります。 あるお医者さんの子供が大変な難病になりました。父親はすぐに薬を調合して飲ませようとしましたが、子供はなかなか飲もうとしません。困り果てた父親は病気の深刻さを告げず、大切な用事だからと出かけてしまいます。そして父親が死亡したと知らせます。子供は出かけるまえに父親が真剣に話していた薬のことを憶いだして、ようやくそれを飲むというお話です。 そこまでしなければ分からない人間もいるのだろうか、と一瞬思うも…
この時期になると、どうしても一年を振り返り、反省点をあれこれと並べては、来年への課題を思いめぐらせます。そうして気がつくと、いつのまにか眉間に皺を寄せている自分に気付くのです。気分を変えて、もっと明るくものを考えるにはどうしたらよいのか。玄侑宗久さんは『サンショウウオの明るい禅』のなかで、こんなことを書いています。誰でも子供の頃は、今鳴いたカラスがもう笑った、などとからかわれたことがあるだろう。そう、人は泣いていた時間を捨て、新たに展開した笑いの時間を生きるのである。禅ではそれを「放下」という。 放下し続けるのが生きることだし、死とは一切の放下ということだろう。 一瞬ごとに、「今」という一瞬が…
多くの名物道具を収集し、分類したことで知られる大名茶人、松江藩藩主・松平不昧は、「客の心になりて亭主せよ。亭主の心になりて客いたせ」と語っています。 相手の立場に立って接しなさい、という処世訓として理解されがちな言葉ですが、もう少し掘り下げて味わってみたいと思います。お茶の世界では、亭主を務め、正客を務め、また水屋にまわるなど、すべての役割を経験する必要があります。七事式と呼ばれる稽古に、五人一組で行う「花月」があります。引いた札によって一挙に役割が入れ替わるこの稽古では、整然と役を交代し、状況の変化に対応することが求められます。ここで重要なのは、役割を「演じる」と意識しながら、なおその役に深…
師走も近づいてくると、一年を締めくくる言葉が、床の間を飾るようになります。 稽古場に「百尺竿頭進一歩(百尺竿頭に一歩を進む)」が掛けられていました。私はこの言葉を、一年を振り返り、さらに来年の飛躍を願う言葉として捉えています。 前人未踏の最前線に立っても、なおその先を目指すという励ましであるとともに、自ら作り上げた垣根を破れという戒めでもあります。玄侑宗久さんは、この言葉を次のように説明していました。 人間の可能性は尽きることがなく、まるで無限の「引き出し」をもつタンスのようなものだ。引き出しは無限にあるにもかかわらず、習慣によって開ける場所が決まってしまう。だからこそ、背伸びをして高い位置に…
一条真也です。「仏教タイムス」といえば、仏教界で最大級の影響力を持つ新聞ですが、その最新号に『仏と冠婚葬祭』(現代書林)の書評記事が掲載されました。一読して、達意の文章に唸りました。こんな書評が一番嬉しいです! 「仏教タイムス」2025年11月20日号 「仏教タイムス」WEB版 記事には、「僧侶で芥川賞作家の玄侑宗久氏と冠婚葬祭業を営み、作家活動もする一条真也氏が対談。『仏』をキーワードに、いのちと死、葬儀の在り方とこれからの課題について語り合う。玄侑氏の小説『アミターバ 無量公明』に感銘したという一条氏はこの小説を題材にしながら、仏教が説く救済や日本人の死生観、そして本書の中心的話題である『…