かつて東京にあった玉川電気鉄道の略称。東京横浜電鉄(東急の前身)に合併された後も元々同社の軌道線 であった東急玉川線の通称として用いられた。
東急田園都市線の旧新玉川線区間の前身である渋谷〜二子玉川園前〜溝の口間を玉川通り上を走る路線、および三軒茶屋と二子玉川園前から分岐する支線を有していた。玉川線と二子玉川園前から分岐する砧線は1969年5月10日に廃止された。支線だった三軒茶屋〜下高井戸間のみは全線専用軌道であったため廃止を免れ、東急世田谷線となった。
WEBで色々な情報を検索していると、自身の若い時分に興味を持っていた情報などが結構見つかって引き込まれてしまい、気が付くと何時間も経っていることが多い。 ならば、他人様の持っている情報を見るだけでなく、自分の持っている情報を公開して、誰かに懐かしんでもらうのも良いのではないかと思って、手持ちの写真情報を公開することにした。 第1弾は、1960年代の鉄道写真。自身が中学・高校・大学の時代。 鉄道写真その6は、玉電(東急多摩川線)の最終日 です。 玉電とは、渋谷から二子玉川まで国道246号線を通っていた路面電車のことですが、1969年5月10日を以て、廃止となりました。(現在は、地下を通って東急田…
馬車軌間仲間、続いて下高井戸と三軒茶屋を結ぶ東急世田谷線のデハ300形です、渋谷と二子玉川園を結んでいた玉川線が廃止になって久しく、その支線だった当線が「玉電」と呼ばれる機会も減りました。代わりの愛称も生まれていないようなので「世田谷線」でいくことにします。 (行き交う世田谷線のデハ300形;2026.1.4、下高井戸~松原間) 車体はまあなんとかなる(する)として、気になるのはやはり動力や台車といった下回りです。いわゆる路面電車カテゴリーなので車輪やギヤはまたアルモデルのお世話になることにして、Φ8.5mm車輪付きの「アルパワーHO20T」1台と動力なし台車2台を購入しました。 アルパワーは…
いつも当ブログをご訪問くださり、誠にありがとうございます。 本日はこちらの車両のBトレインショーティーをご紹介いたします。江ノ島電鉄 600形 更新前(1灯) です。江ノ電はかつて廃止の議論がなされたことがあるそうです。現在の活況からは想像がつきません。モータリゼーションの進行により収益が悪化し、廃止が取りざたされていたそうですが、モータリゼーションの進行は同時に周辺道路の渋滞をもたらし、改めて鉄道の定時性が見直され、施設の近代化へ舵を切りました。その際に輸送力増強のために導入されたのがこの600形です。江ノ電では1970年に登場した車両となります。しかし車齢は古く1949年から製造が開始され…
今日は何の日・・・都民の日。 10月1日は都民の日です。 昔、東京都は東京府だつたそして東京市があった。 その都民の日は市政特例体制から離れ東京市役所を開庁した日 1898年10月1日に由来1952年9月に東京都条例で制定。 カッパのバッヂ・・。 都民の日と言えば『カッパバッヂ』です。 1960年代から1990年代ごろこともだった世代は懐かしい言葉です。 このバッチ、学校で買った記憶があります。 そして迎えた都民の日にこのバッヂを胸につけて、 当時、沢山路線のあった東京都電車 通称『都電』に乗ったり、 上野の動物園に行ったりした記憶があります。 そのバッチもセット販売に様式が変更され価格も上昇…
東京に残る数少ない路面電車 みなさん、こんにちは! 路面電車が道路を車と並んで走る姿を見ると鉄道マニアならずともテンションが上がりますよね。 東京にも昔は路面電車の線路が張り巡らさせ、たくさんのチンチン電車🚃が走っていました。いつの間にやらチンチン電車って死語になってます? しかし、高度経済成長の進捗に伴いモータリゼーションが加速して、路面電車は交通渋滞をもたらす邪魔者となってしまい、次々と廃線になってしまいました。 現在東京で残っている路面電車は、東京さくらトラム(都電荒川線)と、東急世田谷線のみとなりました。 世田谷線は、もともとは今の国道246号線を中心に走っていた玉川電気鉄道(玉電)の…