田中幸雄

田中幸雄

(スポーツ)
たなかゆきお

プロ野球選手・スカウト・コーチ。通称「オオユキ」。
左投左打、ポジションは投手。背番号は12→35番。
1959年2月27日生まれ。千葉県出身。

流山高校では投手だったが、社会人野球の電電関東では遊撃手も務める。
1982年、ドラフト1位で日本ハム・ファイターズに入団。

1年目から一軍で活躍し、5勝を挙げた。

1985年6月9日の対近鉄戦でノーヒットノーランを達成、生涯唯一の完封勝利となった。

同姓同名の「田中幸雄」が在籍しているため、190cmを誇る田中幸雄は「オオユキ」と呼ばれた。
また、スコアボードでは「田中幸」と表示。


1990年、中日ドラゴンズに移籍。

1991年、現役引退。


1992年、日本ハム・ファイターズのスカウトに就任。

2000年、日本ハム・ファイターズの二軍投手コーチに就任。

2003年、北海道日本ハムファイターズの一軍投手コーチに就任。

2004年、スカウトに復帰。

2005年、退団。

田中幸雄

(スポーツ)
たなかゆきお

プロ野球選手。
通称「ミスターファイターズ」 「コユキ」。
右投右打、ポジションは遊撃手。背番号は37→6番。

女優・天海優希とも親交があることでも知られる。小谷野栄一は小さい頃から田中幸雄のバッティングに憧れていたという逸話もある。彼の背番号6番は中田翔に受け継がれることがすでに決まっていたが、当時の監督・梨田昌孝が記者会見でうっかり口を滑らせてしまったことで公になった。

1967年12月14日生まれ。宮崎県出身。
都城高校で2年連続夏の甲子園に出場。
1986年ドラフト3位で日本ハム・ファイターズに入団。
同姓同名の「田中幸雄」が在籍していたため、当時は「田中雄」と表記され、「コユキ」のニックネームで呼ばれた。
1986年、初安打を本塁打で飾る。

1988年には、遊撃手定位置を獲得。ファン投票1位でオールスターに出場し、全試合出場でベストナイン、ゴールデングラブ賞を獲得。以降、堅実なプレーで遊撃手として1991年まで全試合出場を続けた。

1990年代には、ほぼ毎年100試合以上出場、投手力の方が高かったチームにおいて野手の顔として存在感を見せる。
1995年、イチロー、初芝清と並び打点王のタイトルを獲得。

1997年、全打順で本塁打達成、339守備機会無失策の記録を樹立。
ビッグバン打線の一角としてチームを支えた。

2000年以降は、チーム事情から外野手・一塁手として出場。また、代打の切り札として活躍
2000年、シドニー五輪日本代表で2本の本塁打を打つなど活躍。
2004年、北海道日本ハムファイターズにて通算2000試合出場を達成。
2005年、1000打点、700長打を達成。
2006年、ファイターズの主将に就任、生え抜きとしてチームを牽引し、リーグ優勝・日本一に貢献。
怪我と戦いながら長年ファイターズの中心打者を務めた。
2007年5月17日、東京ドームで通算2000本安打達成。*1
9月8日、戦力外通告を受け、同年限りで現役引退。
2010年、古巣・ファイターズの二軍打撃コーチに就任。
2012年より一軍打撃コーチとして就任。

*1:ファイターズ生え抜き選手としては初の達成。

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