紅葉の神社 「避戦のリアリスト・米内光政」(上)広い視野で国を守る 米内光政(よない・みつまさ) 首相や海軍相を務めた盛岡市出身の米内光政(1880~1948年)は75年前、アジアと太平洋で膨大な命を奪った戦争の終結に尽力した。今年は生誕140年、首相就任80年。「避戦」を求めた戦時指導者の足跡をたどり、現代にも通じる危機下の政治リーダーの資質を探る。(盛岡総局・片桐大介) 東京大空襲、沖縄戦敗北、原爆投下、旧ソ連参戦…。45年8月、鈴木貫太郎内閣の海軍相だった米内は「本土決戦」「一億玉砕」の徹底抗戦論を退けて無条件降伏による終戦に導いた。 盛岡市教委は98年度から「盛岡の先人教育」を展開して…