わたしが子どものころ住んでいたぼろ家の、居間兼座敷に1枚の色紙が掛けてありました。本物ではなく、安っぽい複製品です。子どもながらにも達筆とは思えない毛筆で、こう書かれていました。 「この道より我を生かす道なし この道を歩く 武者小路実篤」 色紙を掛けたのは、無口な職人だった父でした。色紙がいつからあったのか分かりませんが、やがて反抗期・思春期を迎えたわたしは、次第にその色紙に我慢がならなくなりました。 ふつうなら居間に掛かった色紙など、子どもの記憶に残らないでしょう。ところが武者小路に、柔らかい心の土台を逆撫でされるような気持ち悪さが尾を引いたのです。うまく説明できないけれど、不快な言葉だった…