細谷博『漱石最後の〈笑い〉―『明暗』の凡常』(新典社、2022) 皿にこびり付いたソースをひとしずくも余さず舐め尽そうとするかのように、『明暗』一作を、これでもかとばかり精細に読込んで、解きほぐした一冊が出た。 細谷博さんは南山大学名誉教授。日本近代文学研究ひとすじの学究、つまり専門家だ。が、その研究姿勢にもご著書にも、同業の専門研究者たちを説き伏せようとの意図は見えたことがない。そんなことより一般の読書家・文学愛好家に向けて、名作がなにゆえ名作か、文豪たちがどれほど深く思いをいたして創作したかを、語って来られた。 お立場上、発表された文章が学界(文学研究という業界)内の出来事たるを避けるわけ…