『羊をめぐる冒険』(上)(下)/村上春樹/講談社文庫/1985年刊 ライター稼業から足を洗おうとしていた私を、引き留めようとしてくれた友人がいた。彼女の紹介で某月刊誌の編集部から連絡があったとき、それはいい仕事、言ってみればお座敷からお声がかかったようなものだったけれども、私は数年前のトラブルを思い出して二の足を踏んでいた。「もう、水に流したら」という彼女に対して、「私はあなたの会社の役員からパワハラを受けた話をしているんだけど。彼の代わりに謝ってくれと言うつもりはない、でも水に流せと言われる筋合いもない」、たしかそんな風に返信を打ったはずだ。 結局のところ、私程度の書き手が出版業界で食ってい…