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群像新人賞

(読書)
ぐんぞうしんじんしょう
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■柄谷行人の新作『力と交換様式』について(6) 私は、大学や大学院で哲学を専攻したが、長い間、マルクスという哲学者が嫌いだった。経済学や歴史学が嫌いだったからかもしれない。私が、マルクスに興味を持ちだしたのは、柄谷行人という文芸評論家が、『マルクスその可能性の中心 』を書き出した頃からである。柄谷行人は、『現代思想』という雑誌で、私が尊敬していた唯一の哲学者である廣松渉と対談しているが、そこで、私にとって、とても大事な、且つ本質的なことを言っている。《日本では、哲学は文芸評論にあったのではないか。 西欧

■柄谷行人の新作『力と交換様式』について(6)私は、大学や大学院で哲学を専攻したが、長い間、マルクスという哲学者が嫌いだった。経済学や歴史学が嫌いだったからかもしれない。私が、マルクスに興味を持ちだしたのは、柄谷行人という文芸評論家が、『マルクスその可能性の中心 』を書き出した頃からである。柄谷行人は、『現代思想』という雑誌で、私が尊敬していた唯一の哲学者である廣松渉と対談しているが、そこで、私にとって、とても大事な、且つ本質的なことを言っている。《日本では、哲学は文芸評論にあったのではないか。 西欧で言うところの「 哲学者 」とは、日本では、文芸評論家に当たるのではないか?》と。この対談の冒…

■柄谷行人の新作『力と交換様式』について(6) 私は、大学や大学院で哲学を専攻したが、長い間、マルクスという哲学者が嫌いだった。経済学や歴史学が嫌いだったからかもしれない。私が、マルクスに興味を持ちだしたのは、柄谷行人という文芸評論家が、『マルクスその可能性の中心 』を書き出した頃からである。柄谷行人は、『現代思想』という雑誌で、私が尊敬していた唯一の哲学者である廣松渉と対談しているが、そこで、私にとって、とても大事な、且つ本質的なことを言っている。《日本では、哲学は文芸評論にあったのではないか。 西欧

■柄谷行人の新作『力と交換様式』について(6)私は、大学や大学院で哲学を専攻したが、長い間、マルクスという哲学者が嫌いだった。経済学や歴史学が嫌いだったからかもしれない。私が、マルクスに興味を持ちだしたのは、柄谷行人という文芸評論家が、『マルクスその可能性の中心 』を書き出した頃からである。柄谷行人は、『現代思想』という雑誌で、私が尊敬していた唯一の哲学者である廣松渉と対談しているが、そこで、私にとって、とても大事な、且つ本質的なことを言っている。《日本では、哲学は文芸評論にあったのではないか。 西欧で言うところの「 哲学者 」とは、日本では、文芸評論家に当たるのではないか?》と。この対談の冒…

■柄谷行人の新作『力と交換様式』について(6) 私は、大学や大学院で哲学を専攻したが、長い間、マルクスという哲学者が嫌いだった。経済学や歴史学が嫌いだったからかもしれない。私が、マルクスに興味を持ちだしたのは、柄谷行人という文芸評論家が、『マルクスその可能性の中心 』を書き出した頃からである。柄谷行人は、『現代思想』という雑誌で、私が尊敬していた唯一の哲学者である廣松渉と対談しているが、そこで、私にとって、とても大事な、且つ本質的なことを言っている。《日本では、哲学は文芸評論にあったのではないか。 西欧

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