多くのクリスチャンは、終末に起こる出来事を「外側の世界で起こる現象」として理解しようとします。特に、地上の危機的状況からクリスチャンだけが突然引き上げられるという“携挙”の教えは、長い間、未来の出来事として語られてきました。けれども、聖書には「携挙」という言葉はなく、またそのイメージが現実的に起こる姿として描かれているわけでもありません。にもかかわらず、多くの人がその理解にとどまってしまうのは、外側の出来事に意識が向きやすいからだと感じています。私がこのテーマに向き合うようになったのは、外側の終末論を学ぶほどに、心の奥で「何かが違う」という静かな違和感が大きくなっていったからです。危機から逃れ…